581
2013年、周辺ローターで厚さ3mmを実現した、ブレゲの超薄型自動巻トゥールビヨン基幹キャリバー
Cal. 581は、ブレゲが2013年に発表した自社製の超薄型自動巻トゥールビヨンである。ムーブメント全体の厚さを3mmに収め、発表当時は世界最薄の自動巻トゥールビヨンとされた。毎時28,800振動 (4Hz) で駆動し、香箱は1つ、パワーリザーブは80時間に達する。巻き上げにはムーブメント外周を回る周辺ローターを採用し、トゥールビヨンの視認を妨げない。ヒゲゼンマイと脱進機にはシリコンを用い、トゥールビヨンのキャリッジはチタン製とする。初搭載はクラシック・トゥールビヨン エクストラプラ5377で、後に均時差表示と永久カレンダーを加えたCal. 581DPEがマリーン5887へ展開された。
| Maker | Breguet |
|---|---|
| Reference | 581 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 28,800 bph (4 Hz) |
| Jewels | 42 石 |
| Power reserve | 80 h |
| Movement ⌀ | 36.1 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Small Seconds |
| Additional | Tourbillon Escapement |
系譜と歴史
1. 超薄型自動巻トゥールビヨンという主題
トゥールビヨンは、創業者アブラアン-ルイ・ブレゲが1801年に特許を取得した調速機構である。重力による姿勢差を平均化するため、テンプと脱進機をキャリッジ(かご)に収めて回転させる。発明から二世紀を経てなお、トゥールビヨンはブレゲの中核を成す技術資産であり続けてきた。
Cal. 581は、この伝統を現代の薄型化技術と結びつける目的で開発された。トゥールビヨンは構造上の高さを要し、自動巻のローターもまた厚みを生む。両者を同居させながらムーブメント厚を3mmに抑えることが、開発の主題となった。Cal. 581は2013年のバーゼルワールドでクラシック・トゥールビヨン エクストラプラ5377とともに先行公開され、発表当時は世界最薄の自動巻トゥールビヨンとされた。
2. 周辺ローターとシリコンによる革新
薄型化の鍵は、ムーブメント外周を回る周辺ローター(ペリフェラルローター)にある。中央や上面に回転錘を置く一般的な自動巻と異なり、錘を地板の外縁へ配することで上面の厚みを抑え、かつ裏側からトゥールビヨンを遮らない。回転錘はプラチナ製とし、密度の高い素材で巻き上げ効率を確保した。
調速側では、ブレゲは早くからシリコンの採用を進めてきたメゾンの一つである。Cal. 581はヒゲゼンマイをシリコン製とし、脱進機にもシリコン部品を用いる。非磁性で温度変化に強いシリコンは、薄型機構との親和性が高い。さらに特許取得済みの高エネルギー香箱により、トゥールビヨンを毎時28,800振動 (4Hz) という高い振動数で駆動しながら、80時間という長いパワーリザーブを得ている。
3. Cal. 581DPEへの展開
基礎となるCal. 581(581DR)は、その後もクラシック・トゥールビヨン エクストラプラの諸作や、マリーン トゥールビヨン5577など複数のモデルに搭載された。
2017年には、マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント5887に、581を基礎としたCal. 581DPEが採用された。基本設計を受け継ぎつつ、均時差を連続表示するランニング・エクエーション・オブ・タイムと永久カレンダーを加えた高複雑機構で、構成部品は563点、石数は57石へと増えている(基礎の581DRは42石)。周辺ローターという特徴は引き継がれ、裏蓋からは軍艦ロワイヤル・ルイを手彫りしたブリッジを望める。
4. 業界における位置づけ
2010年代、超薄型機構と周辺ローターは複数のメゾンが取り組む領域となった。Cal. 581が掲げた世界最薄の記録自体は、後年に他社の自動巻トゥールビヨンによって更新されていく。もっとも、Cal. 581の意義は薄さの数値のみにあるのではない。トゥールビヨンやギヨシェ、手彫り装飾という古典的な要素を、シリコンやチタン、周辺ローターといった現代の手法と統合した点にこそ、このキャリバーの設計思想が表れている。
技術解説
Cal. 581の最大の特徴は、自動巻トゥールビヨンでありながらムーブメント厚を3mm(初期仕様で約2.97mm)に収めた点にある。この薄さを支える要素を、構成ごとに見ていく。
巻き上げ機構には周辺ローターを採る。回転錘はムーブメントの外周に環状に配され、内向きの歯を介して巻き上げ輪列とかみ合う。錘の内縁は複数のボールベアリングで支持され、両方向の回転を巻き上げに変換する。中央や上面に錘を載せないため上面方向の厚みが増えず、裏側から見たトゥールビヨンやブリッジの眺めも遮られない。錘の素材には密度の高いプラチナを用い、限られた質量で十分な巻き上げトルクを得る設計とした。
調速機構には、トゥールビヨンを据える。テンプと脱進機をチタン製の軽量キャリッジに収め、1分で1回転させることで、垂直姿勢でのテンプの片重りを平均化し、姿勢差を抑える。スモールセコンドはトゥールビヨンの軸上に表示される。振動数は毎時28,800振動 (4Hz) で、これは1秒あたり8回テンプが振れる速さに当たる。トゥールビヨンは消費エネルギーの大きさから低振動数で設計される例も多いが、Cal. 581は4Hzという高い振動数を選び、外乱への復元力と歩度の安定を狙っている。
脱進機は、シリコンの爪石(つめいし)を備えた横レバー式である。ガンギ車にはシリコンと非磁性鋼を組み合わせ、ヒゲゼンマイもシリコン製とする。シリコンは非磁性で軽く、温度や磁気の影響を受けにくいため、潤滑への依存を減らしながら安定した調速に寄与する。ヒゲゼンマイは平ヒゲ形状を採り、ブレゲのヒゲ持ちの伝統を現代的に再構成している。
動力源は単一の香箱である。特許を取得した高エネルギー香箱は、限られた容積で大きなトルクを蓄え、4Hz駆動かつトゥールビヨン搭載という条件下でも80時間のパワーリザーブを実現する。歩度の調整は6姿勢で行われ、姿勢差の最小化が図られている。
仕上げは手作業に拠るところが大きい。地板やブリッジ、香箱、そして周辺ローターには手彫りの装飾が施される。基礎のCal. 581DRが42石で構成されるのに対し、均時差と永久カレンダーを加えたCal. 581DPEは57石、563点の部品から成る。581DPEのランニング・エクエーション・オブ・タイムは、均時差(視太陽時と平均時の差)を窓や目盛ではなく専用の針で連続的に示す機構で、楕円形の均時差カムをトゥールビヨンの軸上に配して読み取る。永久カレンダーの仕掛け(カドラチュール)は文字盤下に収められる。いずれの仕様も周辺ローターと薄型設計という基本骨格を共有しており、古典的な複雑機構を現代の構造で再構築したCal. 581系の性格をよく示している。