系譜と歴史
1. 超薄型自動巻トゥールビヨンという主題
トゥールビヨンは、創業者アブラアン=ルイ・ブレゲが1801年に特許を取得した調速機構である。重力による姿勢差を平均化するため、テンプと脱進機をキャリッジ(かご)に収めて回転させる。発明から二世紀を経てなお、トゥールビヨンはブレゲの中核を成す技術資産であり続けてきた。
Cal. 581は、この伝統を現代の薄型化技術と結びつける目的で開発された。トゥールビヨンは構造上の高さを要し、自動巻のローターもまた厚みを生む。両者を同居させながらムーブメント厚を3mmに抑えることが、開発の主題となった。Cal. 581は2013年のバーゼルワールドでクラシック・トゥールビヨン エクストラプラ5377とともに先行公開され、発表当時は世界最薄の自動巻トゥールビヨンとされた。
2. 周辺ローターとシリコンによる革新
薄型化の鍵は、ムーブメント外周を回る周辺ローター(ペリフェラルローター)にある。中央や上面に回転錘を置く一般的な自動巻と異なり、錘を地板の外縁へ配することで上面の厚みを抑え、かつ裏側からトゥールビヨンを遮らない。回転錘はプラチナ製とした。
調速側では、ブレゲは早くからシリコンの採用を進めてきたメゾンの一つである。Cal. 581はヒゲゼンマイをシリコン製とし、脱進機にもシリコン部品を用いる。非磁性で温度変化に強いシリコンは、薄型機構との親和性が高い。トゥールビヨンを毎時28,800振動 (4Hz) という高い振動数で駆動しながら、80時間という長いパワーリザーブを得ている。
3. Cal. 581DPEへの展開
基礎となるCal. 581(581DR)は、その後もクラシック・トゥールビヨン エクストラプラの諸作(2018年の5367 など)に搭載された。
2017年には、マリーン トゥールビヨン エクアシオン マルシャント5887に、581を基礎としたCal. 581DPEが採用された。基本設計を受け継ぎつつ、均時差を連続表示するランニング・エクエーション・オブ・タイムと永久カレンダーを加えた高複雑機構である。
4. 業界における位置づけ
2010年代、超薄型機構と周辺ローターは複数のメゾンが取り組む領域となった。Cal. 581が掲げた世界最薄の記録自体は、後年に他社の自動巻トゥールビヨンによって更新されていく。もっとも、Cal. 581の意義は薄さの数値のみにあるのではない。トゥールビヨンやギヨシェ、手彫り装飾という古典的な要素を、シリコンやチタン、周辺ローターといった現代の手法と統合した点にこそ、このキャリバーの設計思想が表れている。