物語
01啓蒙時代のジュネーブで
1755年9月17日、24歳のジャン=マルク・ヴァシュロンは最初の徒弟エザイ・ジャン・フランソワ・エチエと5年の徒弟契約を結んだ。報酬は1,000フローリンであった。この一片の契約書こそ、Vacheron Constantinの「誕生証明」となる。
ジュネーブは18世紀半ば、宗教改革を経て時計職人の街へと変貌していた。屋根裏の明るい工房「カビノティエ(Cabinotier)」で職人たちが部品を仕上げ、エタブリスールに納める分業体制が確立されていた時代である。若きヴァシュロンはその一人でありながら、徒弟を取って技を継承する意志を早くから示した。哲学者ジャン=ジャック・ルソーやヴォルテールとも親交があったと伝わる。
ヴァシュロン家の工房は息子アブラハム(1785年継承)、孫ジャック=バルテルミー(1810年継承)へと受け継がれた。フランス革命、ナポレオン戦争、ジュネーブのフランス併合(1798–1813)という政治的激動を、家族は工房を閉じることなく乗り越えている。
02Vacheron & Constantinの誕生
1819年4月、ジャック=バルテルミー・ヴァシュロンは商才に長けたフランソワ・コンスタンタンを共同経営者に迎える。商号は「Vacheron & Constantin」となり、メゾンの第二の歴史が始まった。コンスタンタンは旅商人として欧州を歩き、王侯貴族や富裕層に直接顧客網を築いていく。
1832年にはニューヨークのジョン・マニャンを米国販売代理人に置き、海外展開を加速させる。1839年、技師ジョルジュ=オーギュスト・レショの加入は技術史上の転換点となった。彼はパンタグラフを応用して時計部品の互換生産を実現し、品質の均一性を担保する基盤を築いたとされる。
コンスタンタンが書簡に綴った「可能ならばより良く、それは常に可能である」――この一文は今日に至るまでメゾンの座右の銘として引用されている。
03黎明期の技術とアイデンティティ
19世紀後半、Vacheron Constantinは複雑機構の領域に踏み込んでいく。1874年に最初のクロノグラフを発表し、ミニッツリピーターや永久カレンダーへと開発を広げた。1880年1月10日、マルタ十字がメゾンの正式な紋章としてスイス連邦知的財産局に登録される。これは香箱ぜんまいの巻き上げ量を制御する歯車部品の形状に由来し、技術と意匠の重なりを象徴的に示すものだった。
1906年、ジュネーブのケ・ド・リル沿いに初の直営店を開設。1907年にはCal. 1907を搭載した初代Chronomètre Royalを送り出し、精度競争の時代に名を刻む。
20世紀前半、メゾンはアメリカの実業家ジェームズ・ウォード・パッカード、エジプト国王フアード1世、その後継ファルーク1世、グイ・ド・ボワルヴレ伯爵といった蒐集家のため、数百の部品から成る超複雑懐中時計を特注で製作した。これらの個別注文は後の「Atelier Cabinotiers」――現在のLes Cabinotiers部門の源流となる。
04クォーツ危機と「222」
1969年、セイコーのアストロンがクォーツ式腕時計の量産化を切り拓くと、スイス機械式産業は構造的な業績の落ち込みに直面する。Vacheron Constantinも例外ではなく、1970年代の年産は数千本規模まで縮小したと伝わる。
1970年、社名は「&」を外して現行の「Vacheron Constantin」に整理された。1977年、創業222周年を記念して発表された「222」は、20代前半のドイツ生まれのデザイナー、ヨルグ・イゼックが原案を持ち込んだステンレススチール製のラグジュアリースポーツウォッチである。一体型ブレスレット、ノッチ付きベゼル、5時位置のマルタ十字象嵌――これらは後のOverseasコレクションへと受け継がれる意匠的DNAとなった。1985年頃に生産を終えた「222」は、その後40年近くを経て、コレクター市場で再評価されることになる。
05経営権の変遷と21世紀の整備
1987年、ジャック・ケテラーの死去にともない後継者を欠いたメゾンは、サウジアラビア元石油相シェイク・アハマド・ザキ・ヤマニが筆頭株主に就いた。彼は熱心な時計蒐集家として知られ、メゾンへの再投資を行ったとされる。1992年、Cal. 1755は当時世界最薄級の3.28mmミニッツリピーターを実現し、危機の時期にも技術開発が継続されていたことを示した。
1996年、リシュモン・グループが全株式を取得し、Vacheron Constantinは現代の所属関係を固める。2004年8月9日、フランス系スイス人建築家ベルナール・チュミの設計によるプラン=レ=ウアットの新マニュファクチュールが稼働を開始。半マルタ十字を象った建築の中で、経営・設計・生産が一つの屋根の下に統合された。2013年にはヴァレ・ド・ジュー(ル・ブラシュス)の部品製造拠点も整備されている。
06三世紀目のメゾン
2015年、創業260周年に発表されたRef. 57260は、3人の職人が8年をかけて製作した57の複雑機構を備える懐中時計であり、当時世界で最も複雑な携行時計とされた。2024年、同じ顧客の依頼で63の機構を備えるBerkley Grand Complicationが完成、世界初の漢民族(中国)永久暦を搭載する。
2025年、創業270周年を機にLes Cabinotiers「Solaria Ultra Grand Complication」を発表。41の機構と13の特許を持つこの腕時計は、当該時点で史上最も複雑な腕時計として記録を更新した。同年1月1日、ロラン・ペルヴェスがCEOに就任し、メゾンは三世紀目の経営体制に入っている。