3300
2015年、創業260周年を機に登場した、Vacheron Constantin自社製モノプッシャー手巻
Cal.3300は、Vacheron Constantinが2015年に発表した自社製手巻きモノプッシャー・クロノグラフキャリバーである。創業260周年を記念したHarmony Chronograph Ref.5300S/000R-B055への初搭載で登場した。直径32.8mm、振動数3Hz (21,600vph)、252部品・35石、パワーリザーブ約65時間。柱車と横方向クラッチを用いた古典的構造を採りつつ、起動時のジャークを抑える摩擦部材や0.03mmクリアランスの精密歯形を組み合わせ、ジュネーブ・シール(Poinçon de Genève)認定を取得する。
| Maker | Vacheron Constantin |
|---|---|
| Reference | 3300 |
| Type | Handwound |
| Display | Analog |
| Frequency | 21,600 bph (3 Hz) |
| Jewels | 35 石 |
| Power reserve | 65 h |
| Movement ⌀ | 32.8 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Small Seconds |
| Chronograph | Chronograph, Column wheel, Monopoussoir |
| Additional | Power Reserve Indicator |
系譜と歴史
1. 7年の開発期間
Cal.3300の開発が始まったのは2008年とされる。Vacheron Constantinはこの時、創業260周年(2015年)に向けた新たな自社製クロノグラフ機構の整備を計画し、Cal.3300、Cal.3200(トゥールビヨン版)、Cal.3500(自社初のペリフェラル・ローター搭載自動巻き)、女性向けのCal.1142という計4機種を並行して開発する。Cal.3300は2015年のSIHHで正式に発表され、構想から発表まで約7年を要したことになる。
この一連の取り組みは、Vacheron Constantinにとって近一世紀ぶりとなる自社製モノプッシャー・クロノグラフ機構の復活でもあった。同社は1873年に医師向け懐中時計用のクロノグラフを既に手掛けており、1928年にはモノプッシャーとパルソメータ目盛りを備えた腕時計クロノグラフ(N° 11059)を発表していた。Cal.3300はこの1928年作の構造的後継として位置づけられる。
2. 古典構造と現代加工技術
Cal.3300の設計思想は、クロノグラフ機構そのものの可視性を重視する古典派である。横方向クラッチと柱車という伝統的構成を採ることで、ローターやブリッジの下に機構を隠さず、すべての歯車・レバー・カムが地板上に展開される。垂直クラッチを採用する現代の量産系自動巻きクロノグラフとは、設計思想の系統が異なる。
その一方、製造には現代の精密加工技術が投入されている。歯車歯形の0.03mmクリアランス、起動時ジャークを抑える摩擦部材、巻き上げ用の円錐歯車などは、CAD設計と現代の工作機械なくしては実現困難な要素である。
3. Harmonyコレクションでの展開
Cal.3300の初搭載モデルは、2015年に発表された Harmony Chronograph Ref.5300S/000R-B055 である。創業260周年を記念し、世界260本に限定された18Kピンクゴールド・クッション型ケースのモデルで、青のアラビア数字と赤いパルソメータ目盛りが、1928年原型機の意匠を直接的に継承する。
翌2016年には、青を抑えたアンスラサイト基調の文字盤に改めた通常生産版 Ref.5300S/000R-B124 が登場し、コレクションの定常ラインに加わった。
4. 同世代キャリバーとの関係
Cal.3300は、260周年記念で同時開発された姉妹キャリバーと機構思想を共有する。Cal.3200は脱進機部にマルタ十字型トゥールビヨンを組み込んだ拡張版、Cal.3500は自社初のペリフェラル・ローター式自動巻きで、発表時点では世界最薄の自動巻きスプリットセコンド・モノプッシャー・クロノグラフ機構と伝わる。同じ時代背景・同じ設計指針から派生したこれらのキャリバー群は、現代Vacheron Constantinの自社製クロノグラフの基盤を形成している。
技術解説
Cal.3300は、伝統的な高級クロノグラフ機構を現代の製造技術で再構築した手巻きムーブメントである。直径32.8mm(14’’’ ½)、厚さ6.7mmと、同時代の自社製クロノグラフ機としては比較的大型で、視覚的にも機械的にも余裕のある設計を採る。
基本仕様
振動数は3Hz (21,600vph)。現代の主流である4Hz (28,800vph) より低い設定で、Vacheron Constantin自身は「古典的クロノグラフの趣を意識した選択」と説明している。低振動はテンプの慣性が大きくなりトルク変動への耐性が高まる一方、瞬時の計時分解能では4Hz機に譲る。Cal.3300の中央クロノグラフ秒針も1秒あたり6コマで進む。部品数252、石数35。約65時間のパワーリザーブを単一の香箱で確保する。テンプは緩急針を用いないフリースプラング式で、ヒゲゼンマイには末端を上方に巻き上げる手曲げのオーバーコイルが組み合わされる。
単一押釦クロノグラフ機構
Cal.3300の核心は、リューズ同軸に配置された単一の押釦で起動・停止・帰零の三動作を制御する シングル・プッシャー(モノプッシャー)機構 である。クロノグラフ制御には 柱車(コラムホイール) と 横方向クラッチ(lateral coupling clutch、水平クラッチ) という古典的な高級クロノグラフ構成が採られる。垂直クラッチを多用する現代の自動巻きクロノグラフ機と異なり、機構部品が地板上に展開され、外観上も技術的にも古典派の流儀を踏襲する。
機構の信頼性を高める工夫として、二点の特徴が挙げられる。第一は「all-or-nothing(全有無)」方式で、押釦への押し込み圧が中途半端な場合でも、ギアとカムは完全に噛み合うか完全に外れるかのいずれかしか取らない。これにより操作の中途半端な噛み合いに起因する摩耗や誤作動を防ぐ。第二は、横方向クラッチへの新たな摩擦部材の組み込みで、クロノグラフ起動時にしばしば見られる秒針のわずかな飛び(ジャーク)を抑制し、起動と同時に滑らかな掃引が始まる設計とされる。
帰零(リセット)操作には二基のハンマーが用いられる。各ハンマーが秒針・分針側のハート形カムにそれぞれ圧をかけ、時計回り・反時計回り双方向の復帰を担う。動作の対称性を確保し、針の戻り精度を高める構成である。
柱車の頂部には同社の象徴であるマルタ十字が冠され、クロノグラフ分針車・クラッチ中間車などにもマルタ十字の透かし装飾が組み込まれる。意匠が機構そのものと一体化した、ハイエンドの様式表現である。
巻き上げと歯車の精度
巻き上げ機構では、巻真ピニオンと丸穴車の間に円錐状の歯車が挟まれる構成が採られる。リューズ操作のトルクを滑らかに伝達し、巻き上げ感を均一にする工夫とされる。
歯車の歯形は最新の加工技術で精密に成形され、噛み合う歯と歯の間のクリアランスは0.03mmとされる。微小な遊びを抑えることで、伝達効率と寿命に貢献する設計である。
仕上げと認定
機械全体に ジュネーブ・シール(Poinçon de Genève、ジュネーブ刻印) が刻印される。ジュネーブ州内で組み立てられ、かつ部品の面取り・磨き・装飾仕上げに関する詳細な規定を満たしたムーブメントにのみ与えられる認定である。
地板にはサーキュラーグレイン、ブリッジにはコート・ド・ジュネーブ(ジュネーブ・ストライプ)が施され、歯車のスポークには面取り、ねじ頭は鏡面、ねじ穴のスリットにも面取りが入る。
260周年記念限定モデル(Ref.5300S/000R-B055)のテンプ受けには、「フルリザンヌ彫り」(fleurisanne engraving、花文様の手彫り装飾) が施される。1755年にJean-Marc Vacheronが手掛けた現存する同社最古の懐中時計のコックに見られるアラベスク文様に着想を得たものと伝わる。2016年以降の通常生産モデル(Ref.5300S/000R-B124)では、同部分の装飾は通常仕様となる。