系譜と歴史
1. 開発の背景:FiftySixというエントリー層への接続
2018年のSIHHで発表されたFiftySixコレクションは、ヴァシュロン・コンスタンタンが新たなエントリー層を意識して投入したラインである。コレクション名は1956年のRef. 6073に由来し、レトロな意匠を現代的に再解釈する企画として設計された。価格帯を引き下げるためには、ムーブメント選定が課題となる。自社製の2400系・2460系はジュネーブシール認定を含む高度な仕上げを前提とするため、エントリー価格の枠に収めるには制約が大きい。
ここで採用されたのが、リシュモン・グループの共通基盤として運用されていたCartier Cal. 1904 MCのアーキテクチャである。同設計は2010年にCalibre de Cartierとともに発表された自動巻で、ETA 2892と互換寸法の11½ラインを採り、グループ各社に派生していた。ヴァシュロン・コンスタンタンがこの基盤を自社ラインに組み込んだのは、FiftySix Self-Windingが最初である。
2. Cal. 1904 MCを源流とする系譜
Cal. 1904 MCは、当時Cartierの開発責任者であったキャロル・フォレスティエ率いるチームによって設計された。ダブルバレル構造と双方向自動巻機構を備え、ETA 2892系のアップマーケットな後継機としての性格を持つ。同設計を基にした派生は、Cartier側で1904-PS MC(スモールセコンド)、1904-CH MC(クロノグラフ)、1904-FU MC(セカンドタイムゾーン)等に展開され、Piaget 1110P(Polo S搭載)等にも採用されている。
ヴァシュロン・コンスタンタン仕様のCal. 1326は、これらと骨格を共有しつつ、ローター・仕上げ・最終調整に固有の調整が施される。部品はヴァルフルリエが供給し、組立・仕上げ・タイミング調整はジュネーブのマニュファクチュールが担う。ヴァルフルリエはリシュモン傘下のムーブメント技術センターで、グループ各社の機構供給を引き受ける存在である。
3. ヴァシュロン・コンスタンタン仕様の固有点
Cal. 1326を兄弟キャリバーから区別する最大のシグナルは、22Kゴールド製の自動巻ローターであり、透かし加工によりマルタ十字を浮かび上がらせる意匠を採る。サテン仕上げとミラーポリッシュを併用し、表面にはフロスト処理が加わる。地板・受けにはコートドジュネーブ、ペルラージュ、サーキュラーグレイン、アンギャラージュといった伝統的な装飾が施され、サファイアクリスタルのケースバックを通じて鑑賞できる。
一方、Cal. 1326にはジュネーブシール(オルロジェリー・ジュネーブ印)の認定は付与されていない。同シールはヴァシュロン・コンスタンタンの上位キャリバーが標準的に保持する標章であり、FiftySixラインでもDay-DateのCal. 2475 SC/2やコンプリート・カレンダーのCal. 2460 QCL/1には認定がある。Cal. 1326はその点でラインアップ内でも明確に異なる立場を採る。
4. 産業的文脈と位置づけ
グループ共通基盤を自社仕様に仕上げ直す手法は、リシュモンが2010年代に進めた水平資源活用の表現である。ヴァシュロン・コンスタンタンにとって自社製ラインを温存しつつエントリー価格帯に届かせる手段として機能した一方、その経緯から「真の自社製ではない」とする見方も存在する。Cal. 1326は、ハイエンド・マニュファクチュールが広い顧客層へ手を伸ばす際の一つの解答である。