本文へ
VACHERON CONSTANTIN · SERIES

Artelier Cabinotiers Special Order

アトリエ・カビノティエ

18世紀ジュネーブのカビノティエ精神を継ぎ、世界最複雑時計を生み出してきたヴァシュロン唯一の一品物製作工房

40 mm – 42 mm
01 — 概要 / SUMMARY

アトリエ・カビノティエは、ヴァシュロン・コンスタンタンが2006年に正式設立した一品物製作専門部門である。名は18世紀ジュネーブの屋根裏工房で働いた職人「カビノティエ」に由来し、王侯や実業家のために誂えられた特注時計の伝統を現代に蘇らせた。当初は受注制のAtelier Cabinotiers Special Orderとして運営され、2017年以降は年次テーマに沿う一品物コレクションLes Cabinotiersも併走する。Reference 57260やThe Berkley Grand Complicationなど世界最複雑機械時計の称号を擁する作品を抱え、メゾン体系の最頂部に位置する。

02 — STORY · 物語

Artelier Cabinotiers Special Order(アトリエ・カビノティエ)、これまでの軌跡

The story of this series
01

18世紀ジュネーブ、屋根裏のカビノティエ

ジュネーブで時計産業が本格化したのは17世紀後半である。フランスから逃れたユグノーの中に時計師がおり、彼らがローヌ川右岸のサン・ジェルヴェ地区に集まったことが下地となった。1650年頃から金細工師の数を時計師が上回り、18世紀には市の主要産業となる。

職人たちは自然光を長く取り込むため、建物上層階や屋根裏に工房を構えた。狭く採光に特化したこの空間は「cabinet(小部屋)」と呼ばれ、その主人は「cabinotier(カビノティエ)」と呼ばれる。時計師だけでなく、エナメル絵付師、彫金師、宝石細工師なども含む総称だった。彼らは技術職人であると同時に啓蒙時代の知識人でもあり、天文学・機械工学・装飾芸術の最新動向に通じていた。ヴァシュロン・コンスタンタンが1755年にジャン=マルク・ヴァシュロンによって創業されたのも、この職人共同体の只中である。

02

王侯と実業家への特注 — 20世紀前半の系譜

19世紀以降も特注の伝統は続く。1860年代にはロシア皇帝アレクサンドル2世が、大公ウラジーミル・アレクサンドロヴィチへの贈答品を発注した記録がある。

20世紀前半は、グランドコンプリケーション特注の黄金期となる。1916年にはパティアラ藩王ブピンドラ・シン、1918年にはアメリカの自動車実業家ジェイムズ・ウォード・パッカードが、ミニッツリピーターと精緻な彫金を備えた懐中時計を発注した。1929年にはエジプト王フアード1世が、永久カレンダー・クロノグラフ・ミニッツリピーターを統合した一作を在留スイス人からの献上品として受け取り、1946年にはその子ファルーク1世のため、スイス政府の贈呈品として、グランド/プチ・ソヌリにスプリットセコンドクロノ、永久カレンダー、ムーンフェイズ、アラームを統合した懐中時計が制作された。

この特注伝統は、第二次大戦後の機械式時計産業の停滞期に一旦途絶える。再点火には、半世紀以上を要した。

03

2005年、Tour de l'Île — 現代特注の幕開け

復活の狼煙となったのは、2005年の創業250周年記念作Tour de l'Îleである。Cal. 2750は834部品から成り、16の複雑機構を双面文字盤に展開した。47mm径ピンクゴールドケース、わずか7本のみの製作。発表時点で世界最複雑の腕時計とされ、同年のジュネーブ時計グランプリで最高賞「金の針」を受賞している。第一号機はアンティクオラムで1.88百万スイスフランで落札された。

この一作で、ヴァシュロンは20世紀前半に途絶えた特注の系譜を再び自社の主軸として位置づけた。翌年の専門部門設立への、明確な伏線となる。

04

2006年、Atelier Cabinotiersの設立と初期作

2006年、ヴァシュロンは特注を担う独立部門としてAtelier Cabinotiersを正式に設立する。「カタログは置かず、ただ耳を傾ける」を掲げ、依頼者との対話から一本ずつの時計が立ち上がる構造をとった。カスタマイズの軸は、ケース、ムーブメント・複雑機構・表示、文字盤、ベルトの4つに整理されている。

初期の代表作のひとつが、2011年に納入されたVladimirである。17の複雑機構、891部品を擁し、天文表示を主軸とした、当時世界でも有数の複雑度の腕時計だった。2014年にはPatrimonyをベースとするPhilosophiaが続く。24時間表示の単針に、トゥールビヨン、ミニッツリピーター、ムーンフェイズを統合した自由設計の一作である。メゾンのスタイル&ヘリテージ・ディレクター、クリスチャン・セルモニは後年この部門を「ヴァシュロンというピラミッドの頂点」「F1チーム」と表現している。

05

Reference 57260からLes Cabinotiersへの拡張

2015年、創業260周年の年に部門は決定的な一作を世に出す。Reference 57260。57の複雑機構と260年の歴史を掛け合わせた名は、そのまま記録の宣言でもあった。

開発に8年を要した懐中時計は、ジャン=リュック・ペランとミッケ/ヤニック・ピンタス兄弟の3名の名匠の手による。2,826部品、98mm径、双面文字盤、Cal. 3750(2.5Hz、60時間PR)。ヘブライ暦永久カレンダー、3軸アーミラリー・トゥールビヨン、ウェストミンスター・カリヨンのソヌリなどを統合し、1989年のパテック・キャリバー89(33複雑)を大きく超える世界記録となった。匿名だった委託者は、後にアメリカの保険業実業家ウィリアム・R・バークリーであることが判明する。

2017年、ルイ・フェルラがCEOに就任すると、運営はさらに変容する。受注一本だった構造に、メゾン自らが年次テーマを掲げて生み出す一品物コレクションの軸が加わった。同年のCelestia Astronomical Grand Complication 3600(23複雑機構、Cal. 3600、GPHG機械的例外賞受賞)はその転換期の象徴である。以後、2018年Mécaniques Sauvages、2022年Royaumes Aquatiques、2023年Récits de Voyagesなど、テーマ別一品物群が毎年発表されるようになる。部門名としても総称のLes Cabinotiersが定着した。

2024年Watches & Wondersで発表されたThe Berkley Grand Complicationは、Ref. 57260と同じバークリー氏の発注による。11年の開発、Cal. 3752、2,877部品、63の複雑機構を擁し、世界初となる中国暦永久カレンダーを搭載した。自社の記録を、自社で更新したことになる。

2025年、創業270周年に合わせてSolaria Ultra Grand Complicationが続く。腕時計として41の複雑機構、Cal. 3655、1,521部品、8年の開発と13特許出願。腕時計部門の複雑機構世界記録もまた、ヴァシュロンの手中に収まった。

03 — DESIGN · 設計思想

意匠を貫く設計言語

What this series guards, and what it lets change

ヴァシュロン体系のなかでLes Cabinotiersが担うのは、ただの「上位ライン」ではない。「カタログを置かず、耳を傾ける」を最も基本の哲学とする、一品物製作のための独立した工房である。

第一の原則は、対話から時計が立ち上がるという順序にある。依頼者がまず物語を持ち、それを職人が機構と意匠に翻訳する。標準化された商品が降ってくるのではなく、ひとりの依頼者の願望に応じて、ケース、ムーブメント・複雑機構・表示、文字盤、ベルトの4軸に至るまで個別に設計される。同じ時計が二度と作られない、というのが絶対の前提である。

第二の原則は、ヴァシュロンの「最頂部」としての位置づけにある。スタイル&ヘリテージ・ディレクターのクリスチャン・セルモニはこの部門を「メゾン全体というピラミッドの頂点」「F1チーム」と表現する。新たな機構や仕上げ技術はまずここで一品物として試作され、後年カタログ系へ展開されていく構造をとる。Reference 57260のために開発された解の一部が、後のCelestiaやBerkleyに引き継がれているのは、その実例である。

第三の原則は、グランドコンプリケーションの伝統の継承である。19世紀後半から20世紀前半にかけて、パッカード、フアード、ファルークら王侯・実業家のために制作された懐中時計群は、現代のRef. 57260やBerkleyの直接の系譜にあたる。Les Cabinotiersはこの系譜を、製造名としてだけでなく、運営構造としても引き受けている。

第四の原則として、メチエ・ダール(エナメル、ギヨシェ、彫金、宝石細工)との結節が挙げられる。機構面の極限追求と装飾芸術の伝統的技法が一つのケースに収斂する設計は、18世紀の屋根裏工房で職人が機械と意匠を不可分に扱った姿勢の、現代的な継承である。

そして第五の原則として、機密性と寡黙さがある。納入された作品の多くは公表されず、所有者の名も明かされない。語られるよりも稀に目にされる、という性質を、部門は意図的に維持している。総じてLes Cabinotiersは、ヴァシュロンが時計製造の「複雑性」と「対話性」をどこまで両立できるかを示す実験場であり、同時に古典様式の番人でもある。

04 — MOVEMENT EVOLUTION

ムーブメントの変遷

Calibers across the decades
2005-2010
Cal. 2750 / 2755 系
Tour de l'Île用、834部品・16複雑機構の双面機。
2015
Cal. 3750
Ref. 57260専用、57複雑・2,601部品の手巻機。
2017
Cal. 3600
Celestia 3600用、23天文複雑機構統合の自社機。
2022-
Cal. 2757 等
年次テーマ作向けの新規開発機、複合複雑機構を担う。
2024
Cal. 3752
Berkley用、63複雑・世界初の中国暦永久カレンダー機。
2025
Cal. 3655
腕時計用、41複雑・1,521部品・13特許出願の最新機。
05 — REFERENCE EVOLUTION

Ref. 変遷

Reference generations
2005

250周年記念前駆作

Tour de l'Île (Cal. 2750)
16複雑機構の双面腕時計、現代特注路線の起点となる前駆作。
2006-2014

部門設立と初期一品物

Atelier Cabinotiers Vladimir Philosophia
受注制部門として設立、Vladimir(17複雑)等の作品で名声を確立。
2015

57複雑機構の到達点

Reference 57260
8年の開発を経て世界最複雑記録を更新した懐中時計、Cal. 3750。
2017

テーマ展開への転換期

Celestia Astronomical 3600
23天文複雑機構を統合、自社発意の一品物路線が始動した節目。
2018-2023

年次テーマ作期

Mécaniques Sauvages Royaumes Aquatiques Récits de Voyages
毎年のテーマに沿う一品物コレクションが定常運営となった時代。
2024

63複雑機構の更新

The Berkley Grand Complication (Cal. 3752)
11年の開発、中国暦永久カレンダーを世界で初搭載した懐中時計。
2025

腕時計世界記録41複雑

Solaria Ultra Grand Complication (Cal. 3655)
腕時計部門の複雑機構世界記録、1,521部品・13特許出願の到達。
06 — ALL REFERENCES

このシリーズの全 2 モデル

2 references in archive