系譜と歴史
1. ETAからの離陸とKenissiの設立
2015年以前のチュードルは、ETA社製のムーブメントを搭載するブランドであった。ETA 2824-2は、Black BayやPelagosの初期世代を支えた基幹ムーブメントである。他社製を採用してきた背景には、姉妹ブランドであるロレックスとの差別化があったと言われる。
チュードルは2010年代に入り、自社製ムーブメント開発に着手する。最初の成果は2015年に発表されたCal. MT5621で、North Flagおよび初代Pelagos用として登場した。「MT」は Manufacture Tudor を意味する型番接頭辞である。翌2016年、関連会社Kenissi(ケニッシ)を設立し、ムーブメント開発・製造の専業会社とした。KenissiはRolex財団とは別法人で、これにより外部ブランドへの供給が可能となる。Breitling、Chanel、Norqainなどへの供給実績があり、シャネルは2019年に20%を出資している。
2. MT5402からMT5400へ ― 「見せる」ための拡幅
MT5400の直接の母体は、2018年にBlack Bay Fifty-Eight(Ref. 79030N)で初搭載されたMT5402である。直径26mmというコンパクトな設計で、39mmケースに収まる小型キャリバーとして開発された。
2021年、チュードルはBlack Bay Fifty-Eightの貴金属版 ― 925シルバー、18Kイエローゴールド、ブロンズ ― を発表した。これらは透視ケースバックを採用しており、ケース直径に対してMT5402では素板が小さく、見栄えの上で釣り合いを欠くという課題があった。チュードルはこれに対し、機構そのものは保持しつつ素板を拡幅した派生版を作るという解を選ぶ。これがMT5400である。直径は30.3mmへ拡大されたが、振動数、石数27、パワーリザーブ70時間、テンプ機構、ヒゲゼンマイ素材といった機能仕様はMT5402と共有している。両者の差異は素板を広げただけのもので、これは仕上げを見せるための意匠的判断であったと伝わる。
3. ファミリーとしての展開
デビュー後、MT5400の用途は急速に広がる。2022年に登場したPelagos 39は、透視バックを持たないチタンケースのダイバーでありながらMT5400を採用した。これによりMT5400は貴金属モデル専用ではなく、チュードル中位サイズ機(37〜43mm)向けの汎用基幹キャリバーとして位置づけ直された。2023年のBlack Bay 54では37mmケースに、2025年発表のBlack Bay 68では43mmケースに搭載され、同一キャリバーが幅広い直径と素材を横断する状況が定着している。
4. MT5400-U ― METAS時代へ
2025年のWatches & Wondersで発表されたBlack Bay Fifty-Eight Burgundy(Ref. 7939A1A0RU)に、派生版MT5400-Uが初搭載された。型番末尾の「U」は、Master Chronometer認定機を示すチュードル内部の慣例表記である。METASによる磁場耐性15,000ガウス・日差0/+5秒の試験を、COSC認定を前提に通過した個体に与えられる。公称パワーリザーブは70時間から65時間に短くなるが、これはMETASがケース組み込み後に保証する数値である。タングステン製モノブロック・ローター、輻射状のレーザー装飾といった意匠面でも刷新された。翌2026年にはブラック・ギルト仕様のBB58にも展開されている。