系譜と歴史
1. 小径ケースが要請した新規設計
2018年のバーゼルワールドで、Tudorはブラックベイの新ライン「ブラックベイ・フィフティエイト」(Ref. 79030N)を発表した。同時に披露されたのが、本機を駆動するために新規開発された自社製キャリバー、MT5402である。
それまでブラックベイの主力41mmモデルには、2016年導入のMT5602(直径31.8mm、厚さ6.5mm)が搭載されていた。一方、より小径な39mmケースに同系統のキャリバーを収めることは寸法上難しく、Tudorは小型モデルに引き続きETA 2824-2を採用していた。フィフティエイトの企画は、1958年発表のオイスタープリンス・サブマリーナRef. 7924へのオマージュとして39mm径を志向しており、この寸法を成立させるためにムーブメントの作り直しが避けられなかった。
MT5402はMT56ファミリーをそのまま縮小した派生ではなく、新規設計のキャリバーとされる。直径26mm、厚さ4.99mmと業界標準のETA 2892系(同26mm)とほぼ同サイズに収まる一方、スペックは70時間パワーリザーブ、シリコン製ヒゲゼンマイ、フリースプラング・テンプ、COSC認定と、Tudor上位機構の水準をそのまま継承する。寸法を縮めつつ性能を保つため、ゼロからの再設計が選ばれたわけである。
2. Kenissi製造体制との並走
MT5402は名目上「Tudorマニュファクチュール・キャリバー」と呼称されるが、実際の製造はKenissi社が担う。Kenissiは2016年にTudorの自社製ムーブメント生産のために設立され、2018年にはシャネルが20%の資本参加を行った。同社はBreitling、Norqain、Fortis、TAG Heuerなどへもムーブメントを供給する、スイス機械式時計産業における新たな製造拠点である。
MT5402自体もシャネルの自社製キャリバーCal. 12.1(J12搭載)としてカレンダー機構と専用ローター、独自仕上げを加えた形で派生展開された。Tudor固有の設計を維持しつつ、グループ外への供給も含めた生産規模を確保する構図と言える。
3. MT54ファミリーとしての派生
MT5402を起点とするMT54ファミリーは、ケース構成に応じた派生を持つ。代表的なMT5400は機構自体はMT5402と同一だが、直径を30.3mmに拡張し、シースルーバックを採用するモデル(ブラックベイ・フィフティエイト 925、18K、ブロンズ、ペラゴス39など)に向けて、ベースプレートを意匠的に大きくしたバージョンである。
2025年のWatches and Wondersでは、METAS Master Chronometer認定に対応したMT5400-Uが発表された。15,000ガウスの耐磁性能とMETAS基準に対応する一方、パワーリザーブは65時間に再設定されている。MT5402自体は引き続きレンジャー39やスタンダードなブラックベイ58で稼働し、Tudorの中型ケース・ラインを支える基幹ムーブメントの地位を保っている。