エルネスト・フランシヨン
1867年、サンティミエの「長い牧草地」に工場を建て、ロンジンの名と翼のある砂時計を残した実業家(1834-1900)
- BORN
- 1834年
- DIED
- 1900年
- BRAND
- ロンジン — 1832年創業
- MODELS
- 9 本
概要
エルネスト・フランシヨン(Ernest Francillon、1834-1900)は、叔父オーギュスト・アガシの時計の商会を引き継ぎ、ロンジンを築いた実業家である。それまで職人が自宅で作った時計を集める分業の方式だった生産を、段階的に一つの場所へまとめた。1867年、サンティミエの「レ・ロンジン(長い牧草地)」と呼ばれる土地に工場を建て、土地の名にちなんでブランドの名をロンジンと改めた。同じ年に最初の自社製ムーブメント、キャリバー20Aを世に出している。翼のある砂時計のロゴは1889年に商標として登録された。
生涯
01商会の継承
Swisswatches Magazineによれば、1832年に叔父のオーギュスト・アガシが2人の共同経営者と興した商会アガシ&Co.は、職人が自宅で作った時計を集める「エタブリサージュ」の方式で時計を扱っていた。1850年、アガシの甥のエルネスト・フランシヨンが商会の運営を引き継いだ。Revolutionは、フランシヨンが会社に加わった年を1852年としており、資料によって年が異なる。
02工場の建設
Swisswatches Magazineによれば、フランシヨンはサンティミエの谷を流れるシュズ川の右岸に隣り合う2つの土地を買い、1867年にロンジンの工場を建てた。その土地が「レ・ロンジン」と呼ばれていたことから、彼はブランドの名もこれに合わせて改めた。WIPOの機関誌も、1867年にフランシヨンが一族の時計づくりの技を「レ・ロンジン」の新しい工場の一つ屋根の下に集めたときに、会社がロンジンの名を採ったと書いている。
業績・代表作
01製造の集約
Swisswatches Magazineによれば、フランシヨンは、それまでの分業に代わり、すべての製造の工程を一つの場所に段階的に集めた。Revolutionは、ロンジンの今日の成功の多くが、アガシの先見的な甥フランシヨンのおかげだと書いている。
02キャリバー20A
同誌によれば、フランシヨンは1867年、最初の自社製ムーブメントとして、アンクル脱進機と、リューズで巻き上げと時刻合わせを行う機構を持つ20リーニュのキャリバー20Aを送り出した。ロンジンは1867年以来、すべての時計に番号を振って記録しており、知られている最古のロンジンの時計は、1867年の製造番号183の銀の懐中時計である。
03翼のある砂時計
工場とともに、新しいロゴとして翼のある砂時計が生まれた。Swisswatches Magazineによれば、これが商標として登録されたのは1889年である。WIPOの機関誌は、翼のある砂時計のロゴを、一度も変えられず使い続けられてきた、WIPOの国際登録で最も古い有効な商標と紹介している。1889年にスイスで登録され、1893年にマドリッド協定のもとで国際登録された。
評価・後世への影響
フランシヨンが1867年に建てた工場とロンジンの名は、現在まで受け継がれている。Swisswatches Magazineによれば、1911年にはロンジンはすでに1100人を雇い、世界中で時計を売っていた。2018年には、創業以来5000万本目の時計を作った。
分業に頼る商会を、工場で一貫して作る会社へと改めたことが、フランシヨンの仕事の核心である。翼のある砂時計のロゴとともに、彼の残した仕組みはロンジンの基盤となった。
この人物が関わったモデル
出典
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