03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. SarosとCal.9001 — 2012年の出発点
月表示を伴うロレックスのカレンダー機構は、1950年代のRef.6062などを最後に途絶えていたとされる。再びこの領域に踏み込んだ成果が、2012年のバーゼルワールドでSky-Dwellerとともに発表されたCal.9001である。心臓部の年次カレンダー「Saros(サロス)」の原型は、2004年を優先日とする欧州特許EP1596261に記されている。発明者の欄にはクリスチャン・フルーリーの名がある。明細書は、カムとレバーに頼る従来方式の課題にエネルギー消費と調整の難しさを挙げており、歯車だけで大小の月を判別する構成を目指したことがうかがえる。
回転ベゼルで設定対象を選ぶRing Commandは、2007年のヨットマスター II(Cal.4160)で初出した機構を発展させたものである。Cal.9001は約380点の部品から成り、発表時には14件の特許(うち5件が新規)を擁すると報じられた。ロレックス史上でも最多級の部品点数とされる。
2. 2023年の世代交代
2015年、ロレックスはクロナジー脱進機を備えたCal.3255やCal.3235をはじめとする32xx系を投入し、数年をかけて基幹キャリバーを刷新した。一方でSky-Dwellerの心臓部は、旧世代の脱進機を持つまま残されていた。この差を埋めたのが、2023年のWatches and Wonders Genevaで発表されたCal.9002である。
変更の中心は、ニッケル・リン合金製のクロナジー脱進機への置き換えと、最適化されたボールベアリングを持つ新しいローターの採用にある。ソリッドバックゆえ外からは見えないが、ブリッジ形状や装飾も改められたと伝わる。変わらなかったのは、SarosとRing Commandの構成、そして40石、4Hz、約72時間という公称値である。数値が据え置かれた点を踏まえれば、性能の拡張より、調速系を現行世代の仕様にそろえることに主眼を置いた更新と見ることができる。
搭載機は刷新と同時にRef.326xxxから336xxxへ改番された。2024年には金無垢モデルにジュビリーブレスレット仕様が加わり、同年のロレックス公式資料は本機をSky-Dweller専用と明記している。
3. 業界での位置
年次カレンダーは、1996年のパテック フィリップRef.5035を製品化の起点とするのが通説である。以後、カムやレバーで月の長短を読み取る方式や、部品点数を絞った簡潔な構成など、各社が多様な解を示してきた。Sarosは、遊星歯車の回転比に月の並びを託す点に独自性がある。
2026年9月には、ロレックス自身が新たな年次カレンダー方式Haplosを発表した。Perpetual PadelloneのCal.7190に載る方式で、送り爪と年次レバーの2部品を日付機構に加える。月ディスク裏面のプログラムを、そのレバーが読み取る構成である。歯車の比で解くSarosと、レバーで読むHaplosという二つの設計思想が同じブランドに並び、Cal.9002はその一方を担う存在となった。
04 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
Cal.9002は、直径約33mm、40石、毎時28,800振動(4Hz)、パワーリザーブ約72時間の自動巻機械式ムーブメントである。中央の時・分・秒針(秒針停止機能付き)に加え、偏心配置の24時間ディスクによる第二時間帯と、日付・月を示す年次カレンダーを備える。精度はCOSC(スイス公式クロノメーター検定協会)の認定を経たうえで、ケーシング後にロレックスが自社検査する。この「スーペラティブ・クロノメーター」基準の許容差は日差-2/+2秒で、2015年の再定義以降はロレックスの全製品に共通する。
調速・脱進系
脱進機はクロナジー・エスケープメントである。伝統的なスイスレバー脱進機のガンギ車とアンクルの形状を最適化したもので、ロレックスはエネルギー効率を約15%高めたとしている。素材のニッケル・リン合金は、強い磁場の影響を受けにくい。ヒゲゼンマイは常磁性合金製のブルー・パラクロムで、端末曲線(ロレックス・オーバーコイル)が姿勢差を抑える。テンプは金製マイクロステラ・ナットで慣性を調整するフリースプラング式である。高さ調整可能なトラバース・ブリッジで両持ちされ、パラフレックス耐衝撃機構に支えられる。4Hzは、テンプが1秒に4往復し、秒針が1秒を8歩で刻む振動数にあたる。
Saros年次カレンダー
特許EP1596261に記された構成に即して見ると、日付リングの内周には31の歯があり、ジャンパーで位置決めされる。リングと同心に固定の太陽歯車が置かれ、リング上の軸には12の倍数の歯数を持つ遊星歯車が載る。遊星歯車は月に一度リングとともに公転し、太陽歯車との噛み合いで端数を含む回数だけ自転する。これと同軸一体の「月の遊星」は、12ピッチのうち5か所にだけ歯を持つ。2月、4月、6月、9月、11月という31日未満の5つの月に対応する配置である。
日送りを担う駆動部材には、通常の送り爪と補正爪が備わる。小の月の30日深夜には、月の遊星の歯が補正爪の軌道上に揃う。まず補正爪が30日を31日へ、続いて通常の爪が1日へと送り、一連の動作は数百分の1秒で終わる。明細書はこの噛み合いを「疑似逆説的(pseudo-paradoxal)」と呼び、接触角を大きくとって送りの確実性を高めたと説明する。カムもレバーも使わない歯車だけの構成のため、日付は前後どちらにも早送りできる。修正が必要なのは、2月末を受けた3月1日の一度だけである。月は日付リングの一周ごとに月ディスクが一段進み、文字盤外周の12の小窓に示される。
第二時間帯とRing Command
現地時刻の時針は1時間単位で前後に単独修正でき、日付は現地時刻に連動して切り替わる。基準時刻は24時間ディスクが示し、設定時には分針と同時に動く。これらを仲介するのがRing Commandである。特許EP2533110によれば、回転ベゼル裏のピンの対が、ケースを貫くシャフト上端のマルタ十字を90度ずつ2回送る。その回転がムーブメント外周の選択機構に伝わり、選択カムの位置に応じてレバーが輪列をリュウズの巻真へつなぐ。これにより日付・月、現地時刻、基準時刻の設定が切り替わる。ねじ込みを解いたリュウズの位置は巻き上げと設定の2段のみで、設定系は引き出した状態でしか噛み合わない。シャフトはOリングで気密を保ち、100m防水と両立する。
自動巻と香箱
自動巻は両方向巻上げのパーペチュアル・ローターによる。Cal.9002ではローターの肉抜き形状が改められ、最適化されたボールベアリングを介して回転する。約72時間のパワーリザーブについて、ロレックスは香箱の構成と脱進機の効率によるものと説明している。