系譜と歴史
1. 開発の背景 — 素材の内製化と50周年
Cal. 3186の前身は、1988年に登場し、GMT-Master II Ref. 16710などを長く支えたCal. 3185である。そのヒゲゼンマイ (テンプとともに振動の周期を決めるばね) には、外部調達のニヴァロックス製が用いられていた。鉄とニッケルを主体とするこの合金は強磁性で、磁気の影響を受けやすい。
ロレックスは2000年前後から独自合金パラクロム (Parachrom) の開発を進め、磁気耐性の向上とともに基幹部品の内製化を図ったとされる。2005年には表面処理を施した青色のパラクロムが完成し、Cal. 3186はその最初期の搭載機となった。
同じ2005年は、1955年に誕生したGMT-Masterの50周年にあたる。バーゼルワールド2005で発表されたイエローゴールドのRef. 116718LNは、セラミック製ベゼル「セラクロム (Cerachrom)」の初採用モデルである。Cal. 3186は、この新世代とともに登場した。
2. 漸進的改良という方法論
Cal. 3186は、機能と基本構成の大半を3185から引き継いでいる。独立時針の操作体系も外径28.5mmの寸法も変わらず、変化は素材と細部に集中した。新素材を特定の機種で先行採用し、実績を確かめてから全体へ広げる。ロレックスに通底するとされるこの手法を、3186はよく示している。
パラクロムは、合金組成と表面処理の双方で特許を得たと伝わる。青色パラクロムはその後、ミルガウスやサブマリーナーなど他系統の搭載キャリバーへも順次展開されていった。
3. 派生と展開 — 16710の最終期からCal. 3187へ
2007年には、ステンレススティール製のRef. 116710LNがCal. 3186を搭載して登場した。移行期には先代Ref. 16710の最終生産分にもCal. 3186が組み込まれ、2008年製の個体が確認されている。エクスプローラーII Ref. 16570も、2000年代後半の生産分でCal. 3186へ切り替わったとされる。
2011年、42mmへ拡大したエクスプローラーII Ref. 216570のために、派生機Cal. 3187が用意された。3186を基に地板を拡大して日付窓を外周寄りへ移し、耐衝撃装置にはパラフレックスを加えたものである。
GMT-Master II側では、2013年に青と黒の2色セラクロムを持つRef. 116710BLNR、2014年に赤と青のRef. 116719BLROが加わった。ベゼルの素材技術が進む一方、内部のCal. 3186は一貫して変わらなかった。
4. 業界での位置と世代交代
2000年代半ばの時計業界では、ヒゲゼンマイの新素材としてシリコンが台頭しつつあった。各社がシリコン部品の実用化を進めるなか、ロレックスは金属合金を自社で開発する道を選んだ。目指す耐性は共通しており、違いは各社の製造体制と設計思想の差といえる。
GMT機構の設計にも流儀の違いがある。汎用のETA 2893-2は24時間針を単独で送り、第2時間帯を手早く合わせる用途に向く。対してCal. 3186は12時間針を跳躍させ、渡航先で現地時刻を合わせ直す旅行者の使い方に即している。
2018年、クロナジー脱進機を備える後継Cal. 3285が登場し、GMT-Master IIの新型から置き換えが始まった。2019年にはRef. 116710BLNRも3285搭載のRef. 126710BLNRへ移行した。Cal. 3186は、およそ14年で役目を終えたとされる。