物語
01「スイスに伍する」という目標
第二次大戦後の日本において、高級腕時計はおおむねスイス製の同義語であった。国産品は精度・仕上げ・装着感のすべてで欧州製と並ぶ製品を持たなかった。セイコーは創業者・服部金太郎の代から「いずれは世界に伍する時計を」という構想を掲げており、その悲願は1960年に具体的な形をとる。
同年12月、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)が初代グランドセイコーを発表した。25石・手巻きキャリバー3180を搭載し、日勤差+12秒/-3秒、パワーリザーブ45時間という破格の精度を備えていた。文字盤の星型エンブレムは、スイス公式時計検査機関の上級クロノメーター基準を参照した自社認定の精度クラスを示すものである。後にスイス側から「クロノメーター」呼称使用への異議が示されたことを受け、社内基準は「GS規格」として独自の体系へと整備されていったと伝わる。
第二精工舎(東京・亀戸、現セイコーインスツル)もまた独自に高級機の開発を進めていた。諏訪と第二は同じ「セイコー」の冠を掲げながら実質的に独立して競い合い、この社内競争が後のグランドセイコーの技術的多様性を準備することになる。
02田中太郎と「光」の発見
1959年、千葉大学工業意匠学科を卒業した田中太郎が、セイコー初の専属インダストリアルデザイナーとして入社する。彼が銀座・和光のショーケースに通い、客の視線を観察したのは1962年のことと伝わる。導き出された答えは単純であった。商品が選ばれるのは「光って見えるから」である。
そこから田中が築き上げた九つの設計原則は、後年「Grammar of Design」と呼ばれるようになる。平面と稜線を歪みなく仕上げ、ベゼルは二次元の単純な多面体に絞り、ケースは円形の汎用形状を避ける。鏡面はザラツ研磨と呼ばれる平面研磨技法によって獲得する。これらは「光をどう振る舞わせるか」という統一されたデザイン言語を形作った。
その思想を最初に体現した作品が、1967年に第二精工舎から発表された44GS(リファレンス4420-9000)である。手巻きキャリバー4420Bは毎時18,000振動の5振動機で、当時の手巻き機として最高水準の調整精度を備えていた。現在のエヴォリューション9コレクションに至るまで、ここで提示された原則は形を変えて引き継がれている。
同時期、グランドセイコーは天文台コンクールにも踏み込んでいる。1968年のジュネーヴでは、諏訪精工舎が機械式ウォッチ部門の第4位から第10位を占めたという記録が残る。
03クォーツショックと一度の沈黙
1969年12月25日、世界初の量産クォーツ腕時計「セイコー・クォーツ・アストロン」が発表される。これを起点に、精度競争の主戦場は機械式から電子式へと移った。皮肉なことに、グランドセイコーが追い求めた日差数秒の精度は、クォーツ時計にとっては当然の出発点であった。
需要構造の激変と社内開発資源の再配分により、機械式の生産は1970年代後半までに大幅に縮小し、ブランドそのものが一度影を潜める。これは衰退というより業界全体を巻き込んだ機構転換期における判断であったが、社内に技術の系譜が温存されたことの意味は大きい。
04スプリングドライブと白い針
1977年、諏訪精工舎の若い技術者・赤羽好和が、機械式時計のぜんまいによる動力と、水晶振動子による精度制御を一つの機構に統合するという構想を温めはじめる。1978年に特許出願にこぎつけるが、当時の集積回路の消費電力では電力収支が成立しなかった。開発は1980年代前半に一度打ち切られ、1993年に再開した開発も再び中断した。1997年の三度目の挑戦でようやくプロトタイプが安定稼働に至るが、その翌1998年、赤羽は52歳で世を去る。彼が目にすることのなかった商品化は、1999年に実現した。
スプリングドライブはまずセイコー名義のキャリバー7R68として市場に出たが、自動巻き化と仕上げの精緻化を経て、2004年にはグランドセイコー専用の9R65が誕生する。翌2005年に登場したSBGA011、後に「スノーフレーク」の通称で知られるモデルは、塩尻の信州時計工房から望む穂高連峰の雪面を文字盤に写しとった。
クォーツ部門もまた進化を続けていた。1988年の95GSを起点に、1993年には年差±10秒級の精度を持つ9Fキャリバーが完成。機械式・スプリングドライブ・クォーツという三本柱の体制はこの時期に静かに整えられていく。
05独立、そして現在へ
2010年、グランドセイコーは長らくの国内中心路線を解き、海外正規流通へと展開した。2017年3月のバーゼルワールドでは、グランドセイコーをセイコーから独立した個別ブランドとして提示することが宣言され、文字盤からセイコー名義が外された。
2020年、コンセプトムーブメントT0(ティーゼロ)とハイビートキャリバー9SA5が相次いで発表される。9SA5はデュアルインパルス脱進機とツインバレル機構を備え、毎時36,000振動を維持しつつ約80時間のパワーリザーブを実現した。これを搭載した2021年のSLGH005「白樺」は、ジュネーブ時計グランプリのメンズウォッチ賞を獲得する。
2022年には、設立から62年目にしてブランド初の機械式複雑時計「Kodo(コドー)」が登場した。トゥールビヨンと定力機構を同一軸上に統合したキャリバー9ST1は、開発に約10年を要し、同年のGPHGクロノメトリー賞を獲得している。同年、銀座の本社上階に小規模工房「アトリエ銀座」が設けられた。2023年には初の機械式クロノグラフ「テンタグラフ」(SLGC001)、2025年には年差±20秒というぜんまい駆動では前例のない精度のスプリングドライブU.F.A.キャリバー9RB2が発表されている。「精度の追求」という1960年の出発点は、形を変えながら現在も継続している。