物語
01グレンヘンの教師と医師
1856年11月7日、スイス北西部の小さな町グレンヘンで、ひとつの工場が産声を上げた。共同創業者は地元の医師ジョセフ・ジラールと、27歳の元教師ウルス・シルト。社名は「Dr. Girard & Schild」、業務はエボーシュ(時計用半完成ムーブメント)の製造だった。当時のスイス時計産業はラ・ショード・フォンやジュネーヴを中心とする分業構造のなかにあり、グレンヘンは小さな部品供給地のひとつに過ぎなかった。
1866年、ジラールが事業から退き、シルトが単独の経営者となる(1860年とする資料もある)。1870年には自動製造機械を導入し、1876年には完全自社製の懐中時計を発売する。エボーシュ供給者から完成時計の製造業者へ。この一歩が、後のエテルナの性格を決定づけることになる。1888年、シルトが世を去る。事業は息子のマックスとテオドール、弟のアドルフが継いだ。アドルフは1896年に独立して A. Schild SA(ASSA)を設立する。この分家は半世紀後、同じ枠組のなかでエテルナと合流する運命にあった。
02「永遠」という商標
「Eterna」の名は1889年に懐中時計の文字盤に初めて現れた。語源はラテン語の aeternus、「永遠」を意味する形容詞である。1906年には社名も「Eterna-Werke, Gebrüder Schild & Co.」へと改められた。
20世紀初頭のエテルナは、技術的野心を次々と形にしていく。1904年に可動式の安全ラグを持つ腕時計ケースの特許を出願し、1908年には世界初とされるアラーム付き腕時計の特許を取得して1914年に発売した。1930年には7.25×22.5mmのバゲット・ムーブメントを積む、量産品として最も細い腕時計を発表する。「世界初」「世界最小」を更新していく姿勢は、すでにブランドの性格として定着していた。
03ETAという分身
1929年に世界を襲った大恐慌は、スイス時計産業にも壊滅的な影響を与えた。需要急減、過剰生産、ダンピング競争を抑えるため、スイス政府と銀行団は1931年、ASUAG(スイス時計産業株式会社)という持株会社を設立し、業界の再編に乗り出す。
エテルナはこの再編の中核となった。1932年、社内のムーブメント部門は Eterna SA から分離独立し、ETA SA として再出発する。完成時計部門は引き続き Eterna SA の名で残り、ETA は Ebauches SA(ASUAG 傘下)の管轄に入った。1896年に独立したアドルフ・シルトの A.シルト社も、1978年に同じ枠組へ統合される。
つまり、いま世界中の時計ブランドに完成ムーブメントを供給するスウォッチグループの中核工場 ETA は、エテルナという母体から派生した分身である。
04五球のロータ
ジョン・ハーウッドが1923年に特許を出願したバンパー式自動巻、ロレックスが1931年に確立した全周ローター式自動巻。自動巻機構の進化は20世紀前半に大きく前進したが、軸受の摩擦と摩耗という根本問題は残されていた。
1948年、エテルナはこの問題に対する解を提示する。直径わずか0.65mmの五つのボールベアリングをローター軸の周囲に配置する、という単純な機構である。摩擦は劇的に減り、回転は自由になり、しかも遊びが少ない。婦人用の極小ムーブメントでも自動巻が成立するようになった。最初に搭載された Cal. 1198 を備える Eterna-Matic は、瞬く間に世界中で売れていく。エテルナはこの五球をそのままコーポレートロゴに据えた。控えめな円形に配された五点は、以後70年以上にわたり文字盤や王冠に小さく刻まれ続けている。発明者の控えめな署名のような佇まいだが、背景には産業全体を動かした実装がある。
05コンティキの航海
時計史と冒険史が交差した瞬間は、1947年4月28日のペルー・カヤオ港で始まった。ノルウェーの人類学者トール・ヘイエルダールは、ポリネシア人の起源を南米に求める仮説を実証するため、バルサ材の筏「Kon-Tiki」で太平洋横断に挑んだ。
ブランドによれば、ヘイエルダールと乗組員はそれぞれエテルナの腕時計を腕に巻いていた。同社は遠征のために防水性を高めた腕時計を少数製作したとされる。101日後、約8,000kmの航海の末、筏はトゥアモトゥ諸島ラロイア環礁の珊瑚礁に乗り上げて停泊。乗組員は無事、エテルナの時計も動き続けていた。11年後の1958年、エテルナはこの航海を讃え「KonTiki」と名付けたコレクションを発表する。堅牢性と実用性を前面に出したスポーツウォッチ群は、その後ダイバーズ、フィールド、GMTへと派生し、今日に至るまでブランドの中核を担い続けている。
06経営の変遷から現在へ
1974年、シルト家は経営から退き、エテルナは ASUAG 傘下の General Watch Co. に編入される。1983年のASUAG-SSIH統合に続く再編で、実業家フランツ・ヴァスマーの PCW グループに移り、自立を取り戻した。1995年9月、ポルシェデザイン傘下の F.A.P. Beteiligungs GmbH が約2,500万スイスフランで買収。以後ポルシェデザイン名義の時計はエテルナで製造され、2004年には、計測時間を機械式の数字で表示するクロノグラフ Cal. 6036 が発表されたとされる。
2011年、香港証券取引所上場の China Haidian Holdings(2014年に Citychamp Watch & Jewellery Group へ改称)が新たな所有者となる。2013年にはモジュラー構造で88種の派生を可能にする自社製 Cal. 39 が発表された。近年は新作のペースが落ち着き、現行コレクションは Eternity、KonTiki、Heritage の三系統に整理されている。2025年、姉妹ブランド Corum が経営陣による買収でスイス資本に戻った後も、エテルナは Citychamp 体制下で歴史を編み続けている。