1947年、筏が運んだ名前
1947年4月28日、ノルウェーの探検家トール・ヘイエルダールは、バルサ材の筏でペルー沖を発った。南米の古代人が太平洋を渡りポリネシアへ到達しえたことを示すための航海であり、筏はインカの神にちなんでコンティキ号と名づけられた。101日の漂流の末、一行はラロイア環礁に到達する。
この遠征とEternaの関係について、ブランドは乗組員が防水性を理由に同社の時計を着用したと伝えてきた。ただし着用個体が回収・同定された記録はなく、オスロのコンティキ博物館に残るのは別社製の時計だとする指摘もある。確実なのは、遠征の反響を受けてEternaが1958年にコンティキの名を冠した時計を世に出したことである。自動巻、回転ベゼル、高い視認性を備えた実用時計であり、堅牢な防水ツールウォッチの系譜の出発点となった。後年、200m防水がこの系譜の標準的な数値となる。