設計思想
ポルトギーゼ75周年と「2015年の決断」
IWCは長く、年ごとに特定のコレクションを集中的に刷新する戦略を採ってきた。2012年がパイロット、2013年がインヂュニア、2014年がアクアタイマー、そして2015年がポルトギーゼだった。1939年に2人のポルトガル人商人の依頼で生まれたと伝わる原器から数えて75周年にあたるこの年、IWCはSIHHにおよそ12本の新作を投入し、3つの新キャリバー・ファミリーの第一弾も披露した。その中核に据えられたのが、本機IW5035-02を含むAnnual Calendarファミリーである。
永久カレンダーと日付表示の「隙間」
IWCは1985年、Kurt Klausが設計した永久カレンダーで複雑機構の名を確立して以来、Portugieser Perpetual Calendarをシリーズの頂点に置いてきた。一方で、シンプルなデイト付きオートマティックも基幹モデルとして存在する。その両極の中間 ── 月の長短を機械が記憶し、2月末のみ手動補正で済む「年次カレンダー」を、ポルトギーゼに導入することが本機のテーマだった。年次カレンダーは1996年にPatek Philippeが先鞭をつけたとされる比較的若い複雑機構だが、IWCにとっては初の搭載となる。月・日・曜日を12時位置に三連の弧状窓で並べる独自レイアウトが、シリーズの伝統的な2レジスター配置を崩さずに新機構を載せる解を与えた。
「ポルトギーゼの年」の顔として
Annual Calendarファミリーは当初3本構成で発表された。スチール/シルバー文字盤のIW503501、スチール/ミッドナイトブルーの本機IW5035-02、そしてレッドゴールド/シルバー文字盤のIW503504である。発表時の北米定価は、スチール2本がそれぞれ24,100米ドルとされる。3本のうちブルー文字盤を持つのは本機のみで、サンレイ仕上げが光線の角度で藍から漆黒へと表情を変えることから、シリーズ刷新を象徴する一本として位置づけられた。
派生と後続
2018年、同ファミリーには文字盤をグリーンとした世界150本限定のIW503510が追加された。同じCal.52850・44.2mm径の枠組を維持したまま、色の選択肢を広げたバリエーションである。その後、2024年Watches and Wondersで発表されたポルトギーゼ・コレクションの全面刷新では、Eternal Calendar、Perpetual Calendar 44、Automatic 42、Automatic 40、Chronographが新世代として再構築されたが、年次カレンダーには直接の後継Refが用意されず、IW5035ファミリーは静かにPast Collectionsへ移行した。ポルトギーゼ史において本機は、「シリーズに年次カレンダーが加えられた一世代」を代表するRefとして残る。
意匠分析
ケースとプロポーション
直径44.2mm・厚さ15.3mm・ラグ間52.5mmという数値だけ見れば、本機は決して小ぶりではない。しかし実際の装着感を支配するのは、薄いベゼルが内側に向かって凹面処理されていること、そしてサファイアクリスタルにアーチエッジ(箱形に近いドーム加工)が施されていることである。文字盤面が大きく取れ、ベゼルが視覚から後退するため、44.2mmという径は文字盤の広がりとして読み取られる。ラグもストレートではなく緩やかに下方へ湾曲しており、細い手首にも比較的なじむ。
ミッドナイトブルー文字盤
文字盤は中心から放射状に走るサンレイ・ブラッシングを施したミッドナイトブルーで、光線の角度で藍から漆黒近くまで表情を変える。アプライドのアラビア数字、外周のレールウェイ・ミニッツトラック、リーフ形(フォイル)の時分針というポルトギーゼの伝統的な意匠は維持されつつ、12時位置には新設の年次カレンダー三連窓が置かれる。窓は弧を描くように11時から1時の上端に並び、左から月・日・曜日の順で表示される。これは欧州で一般的な日・月・年の並びと異なる「米国式」の並びだが、ポルトギーゼが米国市場で長く愛されてきた経緯を踏まえた選択だと公式は説明している。
二つのサブダイヤルと「Annual Calendar」表記
9時位置に小秒、3時位置にパワーリザーブ計を配する二眼構成は、初代Portugieser Automaticから続くシリーズの定型に倣う。両サブダイヤルは同心円のスネイル仕上げで沈み込み、文字盤面とのコントラストで読み取りやすさを確保する。ダイヤル中央下部に「Annual Calendar」と機能名を刷り込む処理は発表当初から議論を呼んだが、結果的にこの世代の年次カレンダーの識別子として機能している。
キャリバー52850の見せ方
サファイアクリスタルの裏蓋越しに、新キャリバー52850の全景が露わとなる。ローターには無垢の18金「Probus Scafusia」メダリオンが嵌め込まれ、ブリッジは旧50000系より開口部を広げた新設計とされる。テンプはGlucydur製・インデックスレス・微調整スクリュー式で、ブレゲひげゼンマイを抱く。日常使用での視認性と、リューズ越しに7日間の動力を蓄える機構の双方を、44.2mmという径が初めて両立させた一本である。
系譜と歴史
本機IW5035-02の生涯は、2015年1月にスイス・ジュネーブで開催されたSIHHでの発表に始まる。プレSIHHでの先行情報公開が同月5日前後、ショー本体は1月19日から23日にかけて行われ、Annual Calendarファミリーはこの場で正式にデビューした。当初の発売構成は、スチール/シルバーのIW503501、スチール/ミッドナイトブルーの本機IW5035-02、そしてレッドゴールド/シルバーのIW503504の3本立てで、3本同時に流通開始したと伝わる。北米市場での発表時定価はスチール2本がそれぞれ24,100米ドル、スイスフラン建てではCHF 23,000と公表された。
2015年から2017年にかけては、本機は新世代Portugieserの顔として広く展開され、世界各地のIWCブティック・正規販売店で標準ラインナップに組み込まれた。2018年には、同じ44.2mmケース・Cal.52850の枠組を踏襲しつつ文字盤をグリーンに置き換えた世界150本限定のIW503510がファミリーに追加されている。本機自体は限定生産ではなく、レギュラー流通モデルとして長く生産が続いた。
2024年4月のWatches and Wondersで、IWCはポルトギーゼ・コレクション全体の刷新を発表した。Eternal Calendar、Perpetual Calendar 44、Automatic 42、Automatic 40、Chronographが新世代として再設計されたが、年次カレンダーには直接の後継Refが用意されなかった。IWC公式サイト上で本機はPast Collectionsの2015年欄に整理されており、新品の正規流通からは退いている。