設計思想
1. 復活させたのは、機構ごと書き直すという選択
Speedmaster Moonphaseという系譜は、1985年のRef. ST 345.0809に始まる。手巻Cal.861に月相と日付のモジュールを加えたCal.866を搭載する構成で、Speedmasterに天体表示を持ち込む試みであった。1989年に一度生産を終え、1999年のホワイトゴールド版(Ref. 3689.30)や2003年のRef. 3576.50で散発的に復活したものの、いずれも既存ムーブメントに月相を後付けする形式の延長線上にあった。
2016年、Omegaはこの系譜を一から書き換える道を選ぶ。Baselworldを前にプレビュー公開された本Refは、自社で新規設計したCal.9904を搭載した最初のSpeedmaster Moonphaseである。さらに、Master Chronometer認定と15,000ガウス耐磁という、同社が全ライン展開を進めていた新基準をSpeedmasterに初めて持ち込んだ機種でもあった。
2. Cal.9904の出自と再配置
Cal.9904は、2011年に発表された自動巻クロノグラフCal.9300の発展形である。コラムホイール式クロノグラフ、コーアクシャル・エスケープメント、Si14シリコン製ヒゲゼンマイ、直列2バレル構成、双方向自動巻という基本骨格を9300から受け継ぎつつ、6時位置にムーンフェイズを追加し、9300では6時にあった日付窓を9時位置のサブダイヤルへ移している。368点の部品で構成され、毎時28,800振動 (4Hz)、60時間パワーリザーブを確保する。
3. シリーズの顔として置かれた青
2016年のコレクション発表時、Omegaが先行プレビューとして披露したのが本Refの青文字盤仕様であった。サンブラッシュ仕上げの青ダイヤルに、青セラミックベゼル、青のアリゲーターストラップを揃えた構成は、後に追加されるブラックダイヤル、Sednaゴールドおよびイエローゴールドのバイカラー仕様の中で、シリーズの基準点として置かれてきた。後年のBlue Side of the Moonのフルセラミック派生や、2025年発表のメテオライト・ダイヤル仕様(Cal.9914搭載の手巻43mm版)も、本Refが確立した「ムーンフェイズ・スピードマスター」の枠組みの上に積み上げられている。
意匠分析
Cal.9904の登場と表裏一体で設計されたのが、6時位置に配されたムーンフェイズ機構である。Omegaはここに金属化された結晶ガラス製のディスクを採用し、0.02mm以下の精度で表面をマイクロストラクチャー加工することで、月面の凹凸を実写に近い解像度で再現する仕組みをとった。ディスク上には2つの月が描かれ、月相の進行に合わせて窓に現れる。月面の「静かの海」付近には、Apollo 11の着陸地点にちなんだ宇宙飛行士の足跡が極小スケールで刻まれていると伝わる。
ダイヤルは青のサンブラッシュ仕上げで、ロジウムメッキされたバトン型インデックスとハンドにスーパールミノヴァを充填する。サブダイヤルはわずかに窪んだ盆地状で、その縁をロジウムの円環で縁取り、二つの独立した領域として浮かび上がらせる構成をとった。9時位置のサブダイヤルには2本の針が同居しており、スモールセコンドと日付指針を兼ねる。日付指針の先端には赤い三日月形のチップが刻まれ、外周の日付目盛の上を半円を描いて移動する。
ベゼルは青セラミックで、Speedmaster系列で初めてLiquidmetalによるタキメーター目盛を組み込んだ。Liquidmetalは非晶質金属合金で、セラミックとの密着性に優れ、目盛のシャープな印象を長期にわたって保つ素材としてOmegaが採用を進めてきたものである。ケース径は44.25mm、厚さ16.85mm。ラグの稜線にポリッシュ仕上げを通し、上面と側面のサテン仕上げと切り分けることで、複雑形状を視覚的に整理している。サファイアクリスタルは表裏ともボックス型をとり、特に風防はドームの内側にも反射防止処理を施してダイヤルの視認性を確保する。
系譜と歴史
本Refは、2016年1月にBaselworldの先行プレビューとして公開され、同年3月のBaselworld本番でSpeedmaster Moonphase Co-Axial Master Chronometer Chronographコレクションが正式発表された。本Refはその起点となる青文字盤・青ストラップ仕様として、発表時定価CHF 9,400で市場に投入されている。
同コレクションには、当初からブラックダイヤル・アリゲーターストラップ仕様 (Ref. 304.33.44.52.01.001)、Sednaゴールド使用のバイカラー仕様 (Ref. 304.23.44.52.13.001)、イエローゴールド使用のバイカラー仕様 (Ref. 304.23.44.52.06.001) が並べられた。続いてステンレススチールブレスレット仕様 (Ref. 304.30.44.52.01.001) が追加され、レザーとブレスレットの両系統が揃う構成となった。
その後、2017年には「フルセラミック」の派生として、Blue Side of the Moonと名付けられた青セラミックケース仕様 (Ref. 304.93.44.52.03.001) が加えられた。続いてアベンチュリン文字盤の派生 (Ref. 304.93.44.52.03.002) も登場している。
2025年、Speedmaster Moonphaseの枠組みは新たな展開を見せる。手巻Cal.9914を搭載する43mm径のSpeedmaster Moonphase Meteorite (Ref. 304.30.43.52.01.001、304.30.43.52.06.001) が発表され、本Refが体現する自動巻44.25mmラインとは別系統として、より小径かつ手巻志向のサブラインが立ち上がった。2026年5月時点で本Refは現行ラインとしてOmega公式カタログに掲載されており、発表以来、文字盤・ベゼル・ムーブメントの基本仕様に大きな変更は記録されていない。