設計思想
コンセプトが女性に開かれるまで
ロイヤル オーク コンセプトは2002年、ロイヤル オーク誕生30周年を記念する実験的な一本として始まり、以後はオーデマ ピゲの前衛を担うコレクションへ育った。長らく44mm前後の大型ケースと男性的な造形が主軸だったが、2018年のSIHHで転機が訪れる。同コレクション初の女性向けモデルとして、宝石を敷き詰めた38.5mmのロイヤル オーク コンセプト フライング トゥールビヨン(Ref.26227BC、26228OR)が登場し、これがブランド初のフライングトゥールビヨン搭載機ともなった。26630BC.GG.D326CR.01は、この路線を2年後に引き継いだ第2世代である。
宝飾から仕上げへ──2020年の方向転換
2020年8月、オーデマ ピゲはピンクゴールドの26630ORと共に本作を発表した。同年はパンデミックの影響で大規模フェアが開かれず、SIHHを離脱していた同社は新作を年間を通じて段階的に公開しており、本作はその夏の新作群に含まれる。26227BCがオープンワークダイアルと数百石のジェムセッティングで「機械式ジュエリーウォッチ」を志向したのに対し、本作は石の量ではなく金属の仕上げで輝きを生む方向へ舵を切った。ケースを覆うのは、フィレンツェの宝飾技法に由来するフロステッドゴールド。2016年にジュエリーデザイナーのカロリーナ・ブッチとの協業でロイヤル オークに導入された加工が、コンセプトのケースに施されたのは本作が初めてである。
このRefが占める位置
ムーブメントも刷新された。26227BCの手巻きCal.2951に対し、本作は同じく手巻きのCal.2964を搭載する。パワーリザーブ表示を持たない時・分のみの構成とし、オープンワークに代えて多層構造のブルー文字盤を採用したことで、性格は宝飾時計から造形の時計へと移った。複雑機構を備えながら38.5mm径に収めた寸法は、性別を問わず装着できる大きさとしても受け止められている。
派生と後続
兄弟機は同時発表のピンクゴールド仕様26630OR.GG.D326CR.01のみで、いずれも限定数を設けないブティック限定として展開された。2024年1月には同じケースとCal.2964を基盤に、オートクチュールデザイナーのタマラ・ラルフと協業した102本限定の26630OR.GG.D626CR.01が登場し、このプラットフォームが継続的に活用されていることを示した。
意匠分析
本作の設計を特徴づけるのは、光をどう扱うかという一点に集約される。38.5mm径、厚さ11.9mmのホワイトゴールドケースは、ベゼルとケース上面をフロステッドゴールドで覆う。ダイヤモンドチップの工具で金の表面に微細な打痕を無数に刻む鍛金加工で、石を使わずにダイヤモンドダストのような煌めきを生む。一方でベゼルの面取りはポリッシュ、ケース側面はサテン仕上げと磨き分けられ、コンセプト特有の多面的なケース造形を陰影で際立たせる。六角形のリューズには透明なサファイアのカボションが嵌め込まれ、ビスの形状と呼応する。
文字盤は径の異なる4枚のブルーの層を重ねた多層構造である。6時位置のフライングトゥールビヨンを起点に、外周へ向かうほど明るい色調へと変化し、各層にはサンバースト状のサテン仕上げが放射する。インデックスは置かれず、12時のAPロゴと夜光処理されたホワイトゴールドのロイヤル オーク針のみが時刻を示す。トゥールビヨンのキャリッジは同心円を重ねた現代的な意匠で、中心にブリリアントカットダイヤモンドをあしらい、円形モチーフの焦点として機能する。
シースルーバックから見えるCal.2964も、文字盤と同じ同心円のレリーフで装飾され、サンドブラストとサテンの対比がフロステッドゴールドの質感を機械側で反復する。ストラップは「大きな竹斑」のブルーアリゲーターに加え、星座を思わせるテクスチャーのシャイニーブルーラバーが付属し、いずれも鍛金仕上げのフォールディングクラスプで留める。防水は20mにとどまり、本作が実用スポーツ機ではなく、仕上げを鑑賞するための時計であることを物語る。
系譜と歴史
26630BC.GG.D326CR.01は2020年8月、ピンクゴールドの26630OR.GG.D326CR.01と同時に発表された。この年はパンデミックで物理的な見本市が開かれず、2019年限りでSIHHを離れていたオーデマ ピゲは新作をオンラインと直営網で順次公開しており、本作も夏の新作群の一つとして世に出た。当初からブティック限定の取り扱いとされ、本数を区切った限定生産やエディションナンバーは設けられていない。
発表以降、文字盤やブレスレットの仕様変更は確認されておらず、ホワイトゴールドのカタログ仕様は発表時の構成が維持されている。一方でこのRefが確立したプラットフォームは派生を生んだ。2024年1月22日、パリのオートクチュール・ファッションウィークで、デザイナーのタマラ・ラルフとの協業による102本限定の26630OR.GG.D626CR.01が披露された。ケースとCal.2964を共有しつつ、ブラウンからゴールドへ移ろう多層文字盤を備えた一本で、26630系の構造が限定企画の母体となり得ることを示した。
本作は2026年時点でも公式サイトのコレクションページに掲載が続いており、生産終了の公式発表は確認されていない。