設計思想
ブレゲのトゥールビヨンにエナメルが選ばれた文脈
トゥールビヨンは1801年にアブラアン・ルイ・ブレゲが特許を得た調速機構であり、現代のブレゲにとっては看板であると同時に、装飾競争へ傾きやすい主題でもある。超薄型のトゥールビヨンは2013年の5377で始まった系譜だが、5377はギヨシェ文字盤とパワーリザーブ表示を載せ、情報量の多い顔立ちだった。2018年、ブレゲはこの機構を白のグラン・フ・エナメル文字盤へ載せ替えた5367を投入する。文字盤から要素を削ぎ、トゥールビヨンへ視線を集める方向への転換である。本作5367PT/2Y/9WUは、その2018年の白エナメル仕様に、ブルーという二つ目の選択肢を与えた一本として2020年に登場した。
白エナメル仕様との連続と差異
本作が前身の5367(白エナメル)から受け継いだものは多い。プラチナケースの寸法も、薄型自動巻きCal.581も、トゥールビヨンを文字盤下方へ据えるレイアウトも、前身と共通する。変わったのは文字盤の色と、それに伴う針の素材である。白地にはブルースチール針が映えるが、濃紺の地ではゴールド針でなければ沈む。色の選択が、針という細部の判断まで連鎖している点に、このRef固有の性格が表れている。同時に本作は素材をプラチナのみに絞り、白エナメルにあったローズゴールド仕様を持たない。
静かに置かれたハイエンドという立ち位置
本作は限定版ではないが、世界39カ所のブレゲ・ブティックでのみ扱う「ブティック・エクスクルーシブ」として流通する。生産数で希少性を演出するのではなく、販路を絞って静かに位置づける構成である。薄さの数値を競うトゥールビヨンが各社にある中で、本作はエナメルという古典技法と、シリコンや周辺ローターという現代技術を一つの薄いケースへ同居させる。派手な訴求を持たないがゆえに見落とされやすい一本だが、その控えめさ自体が、エナメル路線へブルーを足すという本作の選択と地続きになっている。
意匠分析
本作の設計を白エナメル仕様の5367と分けるのは、まず文字盤である。グラン・フ・エナメルは金属基盤に釉薬を載せて高温で焼成する古典技法で、深く濁りのない発色と経年への強さを特徴とする。白仕様が清廉な印象を狙うのに対し、本作は濃密なブルーを選び、トゥールビヨンの金属光沢を沈み込ませる背景として機能させている。
針も色の対比に合わせて変えられた。白エナメル仕様がブルースチールのブレゲ針を用いるのに対し、本作はゴールドのオープンチップ針を採る。濃紺の地ではブルー針が沈むため、視認性を金で確保した選択である。
文字盤構成は意図的に切り詰められている。5377が備えたパワーリザーブ表示は持たず、ブレゲ数字を刻むシャプターリングを上方へオフセットし、5時位置のトゥールビヨンと対をなす。トゥールビヨンのバーは手作業で面取りされ、頂部にスピネルを配する。スモールセコンドはトゥールビヨンの軸上に置かれる。
ケースは950プラチナ製で、径41mm、厚さ7.45mm。胴にはブレゲ特有の細かなフルーティング(コインエッジ)が刻まれ、ラグは溶接式でネジ留めのバーを通す。両面にサファイアクリスタルを備える。
裏蓋からはCal.581が見える。ローターを機械の外周へ配する周辺ローター式のため、ムーブメント全体の眺めを遮らない。ブリッジは手彫りで装飾され、ヒゲゼンマイとアンクルのホーンにはシリコンを用いる。トゥールビヨンのキャリッジはチタン製で、軽量化により駆動エネルギーを抑える。ストラップはブルーのアリゲーターで、プラチナ製トリプルフォールディングバックルで留める。
系譜と歴史
5367PT/2Y/9WUは、2020年2月、ブルーのグラン・フ・エナメル文字盤をまとう新仕様として発表された。直接の前身は、2018年のバーゼルワールドで公開された白エナメル文字盤の5367である。白エナメル仕様にはプラチナの5367PT/29/9WUとローズゴールドの5367BR/29/9WUが存在したのに対し、本作は文字盤をブルーへ変え、ケース素材をプラチナのみに絞った派生Refにあたる。発表時のメーカー希望小売価格は158,000スイスフランと案内された。白エナメルのプラチナ仕様と同額であり、ブルーという文字盤色に価格差は設けられていない。流通面では、世界39カ所のブレゲ・ブティックでのみ取り扱う「ブティック・エクスクルーシブ」として位置づけられた。生産数を区切る限定版ではないが、販路を絞ることで希少性を担保する設計である。なお、超薄型トゥールビヨンの系譜は2013年の5377に始まり、2019年にスケルトン化した5395、2021年には特許取得220年を記念する限定35本の5365が続く。本作は発表以降、目立った仕様変更や追加の素材違いは確認されておらず、単独のブルー・プラチナ仕様として現行カタログに残る。