設計思想
1. 第三世代へ到達したジャイロトゥールビヨン
ジャイロトゥールビヨンは、回転軸を複数持つ多軸トゥールビヨンに対するジャガー・ルクルトの呼称である。2004年の初代、2008年の第二世代を経て、2013年に第三世代へと到達した。その舞台が、創業180周年を記念して発表されたマスター・グランド・トラディション ジャイロトゥールビヨン 3 ジュビリー(Ref. 5036420)であった。
第三世代では、上部のブリッジを持たないフライング構造の球形トゥールビヨンが初めて採られた。さらに、経過分を瞬間的に切り替わる数字で示すモノプッシャー(単一ボタン)式のデジタル・クロノグラフが組み合わされる。手巻きのCal.176は592個の部品からなり、異なる角度で逆向きに回る二つのケージの中心で、青く焼き戻された球形ヒゲゼンマイが時を刻む。
2. 機構ではなく意匠で語り直す
本機Ref. 5032441は、この第三世代の機構をそのまま受け継ぐ。新たな複雑機構を足すのではなく、ジャガー・ルクルトが「メチエ・レア」と呼ぶ希少手工芸によって、同じ機械を別の表現へ置き換えた一本である。
ジュビリーが銀色のオパール文字盤とプラチナケースで端正にまとめられていたのに対し、本機は隕石、アベンチュリン、グランフー・エナメルを文字盤に集約させた。素材はプラチナからローズゴールドへと改められ、金色の濃淡が画面全体を貫く。機構を据え置き、衣装を入れ替えるという選択は、自社が抱える手工芸の層の厚さを示すための判断と読み取れる。
3. 隕石が宿す主題
文字盤と機械に用いられたのは、ナミビアで見つかったギベオン隕石である。鉄とニッケルの合金が宇宙空間で長い時間をかけて冷え、幾何学的な結晶模様を刻んだものとされる。
宇宙を漂っていた金属を文字盤に据えるという発想は、ブリッジを持たず宙に浮くように回る球形トゥールビヨンの佇まいと呼応する。第三世代のジャイロトゥールビヨンが視覚で体現してきた無重力の感覚を、素材の由来から裏打ちした構図といえる。本機は、ジュビリーが示した機構の到達点を、ジャガー・ルクルトの装飾技術の側から照らし直した作品である。
意匠分析
ジャイロトゥールビヨン 3 メテオライトの個性は、文字盤に集約された複数の手工芸にある。中心となるのは隕石の象嵌である。ナミビア産のギベオン隕石は鉄ニッケル合金の結晶構造を持ち、磨き出すと幾何学的な縞模様が浮かぶ。この銀灰色の地に、深い青の輝きを放つアベンチュリンと、白いグランフー・エナメルが組み合わされる。グランフー・エナメルは高温の窯で焼き付ける伝統技法で、退色しにくい澄んだ発色が特徴である。さらに手彫りのギヨシェと彫金が加わり、一枚の文字盤に複数の技が同居する。
3時位置の昼夜表示は、細部まで作り込まれている。24時間の盤を二つの金色の半円で分け、昼側は手彫りのギヨシェと太陽光線の彫りで装い、磨き上げたローズゴールドの太陽を据える。夜側にはローズゴールドの星と月が置かれる。
機構の見せ方も本機の見どころである。球形トゥールビヨンは上部ブリッジを持たないフライング構造で、二つのケージが異なる角度・速度で逆向きに回り、宙に浮いて見える。経過分は数字が瞬時に切り替わるデジタルカウンターで読み、クロノグラフの秒は通常の針が担う。
ケースはローズゴールド製で、径43.5mm、厚さ15.8mm。ポリッシュとサテン(ヘアライン)仕上げを面ごとに切り分け、貴金属の量感を整理している。シースルーバックの先には隕石をあしらった地板とブリッジが続き、赤いルビーと金色の部品が対比をつくる。面取りや沈め彫りは手作業で磨かれている。プラチナを採ったジュビリーに対し、本機がローズゴールドを選んだことで、太陽・星・月や機械側の金色と色調が揃い、文字盤から裏側まで一貫した暖色の世界が立ち上がる。
系譜と歴史
マスター・グランド・トラディション ジャイロトゥールビヨンが第三世代へ進んだのは2013年である。同年のSIHHで、ジャガー・ルクルトは創業180周年を記念し、グランドコンプリケーションを集めたイブリス・メカニカ・コレクションの10作目として、ジャイロトゥールビヨン 3 ジュビリー(Ref. 5036420)を発表した。エクストラホワイトプラチナのケースに収められ、生産は75本に限られた。ジュビリーは単体販売のほか、3本組の記念セットの一部としても供給された。
本機Ref. 5032441は、この第三世代を母体とする派生として、2019年10月に公表された。同年初頭のSIHHでは別系統のジャイロトゥールビヨン・ウエストミンスター・ペルペチュエルが披露されており、本機はそれとは独立した、年後半の新作にあたる。
ジュビリーとの差は素材と意匠に集中する。ケースはプラチナからローズゴールドへ、銀色のオパール文字盤は隕石・アベンチュリン・グランフー・エナメルを組み合わせた構成へと改められた。ケース径は43.5mmで共通するが、厚さは15.8mmとされ、ジュビリーの15.5mmからわずかに増している。
生産数は8本に絞られた。発表時の参考価格は55万米ドル前後と伝えられる。少数限定で製作にも長い時間を要する性格上、現行カタログに残るかは時期により異なるため、最新の供給状況は公式情報での確認が望ましい。