03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 開発の背景
オメガが1999年に発表した最初のコーアクシャル搭載機、Cal. 2500は、ETA 2892-A2を基礎に脱進機を置き換えた改修機であった。既存の地板と輪列の寸法の中に新しい脱進機を収めたため、その潜在力を十分に引き出すには専用の器が要ると考えられた。
コーアクシャル脱進機は、英国の時計師ジョージ・ダニエルズが1970年代に考案し、1980年に特許を得た機構である。スイスの大手各社への売り込みは長く実らず、量産化の道を開いたのはオメガであった。Cal. 2500で量産の経験を積んだオメガは、次に脱進機を起点にムーブメント全体を設計し直す段階へ進む。
2. 設計の刷新
その回答が2007年のCal. 8500である。同年のデ・ヴィル アワービジョンで初搭載され、コーアクシャルを前提に一から設計された、オメガ初の第二世代コーアクシャル・キャリバーと位置づけられる。直径を13リーニュ(29mm)に広げて脱進機に空間を割き、2つの香箱で60時間の駆動を実現した。
オメガはこれを自社製と位置づけるが、量産にはスウォッチ グループ内の生産基盤も関わったとされる。そのため「マニュファクチュール」の定義を巡っては、愛好家の間で議論も続いてきた。
3. 世代と派生
初期型は俗に8500Aと呼ばれ、ニヴァロックス系合金のヒゲゼンマイを用いた。オメガは2008年にSi14シリコン製ヒゲゼンマイを発表し、2011年以降は8500にも標準採用されたとされる(通称8500B)。金製ケース向けには、18Kレッドゴールドのローターとテンプ受けを持つCal. 8501が用意された。
2013年には、耐磁性能を1.5テスラ(15,000ガウス)超へ高めたCal. 8508がシーマスター アクアテラに搭載される。ETA、Asulab、Nivarox-FAR、オメガの技術者による共同開発とされる。その技術は8500本体にも還元され、文字盤に「Master Co-Axial」と記す仕様が登場した。2015年にはコンステレーション グローブマスターでCal. 8900が登場し、METAS認定を受けた後継機として系譜を継いだ。
4. 業界での位置
2000年代は、スイスの主要ブランドが基幹ムーブメントの内製化を進めた時代である。精度と耐久性への取り組みにも各社の思想が表れた。レバー脱進機を保ったまま素材や形状を改良する道を選んだブランドがある一方、オメガは脱進の原理そのものを置き換える道を選んだ。Cal. 8500は、その選択を量産機の設計として初めて全面的に形にした存在である。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
基本仕様
Cal. 8500は直径29.00mm(13リーニュ)、厚さ5.50mm、39石の自動巻きキャリバーである。振動数は25,200vph(3.5Hz)、パワーリザーブは60時間、部品点数は202点とされる。COSC(スイス公式クロノメーター検定協会)の認定を受けたクロノメーターとして出荷された。
コーアクシャル脱進機
脱進機とは、香箱の力を一定の間隔で切り出し、テンプへ伝える機構である。一般的なスイスレバー脱進機では、アンクルのツメ石がガンギ車の歯先を滑りながら力を受け渡す。この滑り摩擦が摩耗と注油への依存を生む。
コーアクシャル(Co-Axial)脱進機は、同じ軸上に重ねた2層のガンギ車、3つのツメ石を持つアンクル、テンプ側の振り石で構成される。力の受け渡しを押し付ける方向の衝撃に近づけ、滑り摩擦を大きく減らす設計である。これにより潤滑油の劣化が精度に与える影響を抑え、長期の安定性を狙う。Cal. 8500では、この機構が3層構造で組まれ、Cal. 2500より広い空間が与えられたとされる。
振動数の選択
25,200vphは、テンプが1秒間に7回振動する(3.5Hz)ことを意味する。一般的な28,800vph(4Hz)より低く、オメガはコーアクシャルに最適な値として採用したと説明している。振動数を抑えると部品の摩耗が減り、2つの香箱による60時間駆動との両立も図りやすい。
テンプとヒゲゼンマイ
テンプ(時間を刻む振動子)は、緩急針を持たないフリースプラング方式である。ヒゲゼンマイの有効長を変えず、テンワの慣性モーメントで歩度を調整するため、衝撃による狂いが生じにくい。テンプは両端で支持するブリッジで受けられる。
ヒゲゼンマイは2011年以降、Si14シリコン製へ移行した。シリコンは磁気の影響を受けず、軽量で、エッチングによって形状を精密に作り込める。この変更が、後の非鉄素材化による耐磁設計への第一歩となった。
巻上げと機能
ローターは両方向で香箱を巻き上げる。2つの香箱は直列に連結され、トルクを平準化しつつ持続時間を伸ばす。時針単独調整機能を備え、リューズ操作で時針のみを1時間単位で前後に動かせる。日付はこの時針の動きに連動して切り替わり、秒針停止機能(ハック)も持つ。
仕上げ
ブリッジとローターには、放射状に広がるコート・ド・ジュネーブ・アラベスクが施され、ロジウム仕上げと組み合わされる。Cal. 8501ではローターとテンプ受けが18Kレッドゴールド製となる。