系譜と歴史
1. レマニアで生まれた12リーニュ
Cal. 321の原点は、ルマニア(Lemania)の技術者アルベール・ピゲ(Albert Piguet)が手がけた27 CHRO C12である。1942年に完成したこのムーブメントは、名称の「27」が直径27mm、「CHRO」がクロノグラフ、「C12」が12時間積算計を示す。腕時計用のクロノグラフとして小径に収めた設計で、2カウンター仕様の兄弟機とともに展開された。
ルマニアは1930年代初頭、オメガとティソが結成したSSIHグループに加わっている。つまりCal. 321は、純然たる自社開発でも外部調達の汎用エボーシュでもない。グループ内の専業工房が設計・製造し、オメガが独自の番号で専用に用いた、第三の類型に属するキャリバーである。
2. 1946年の改良と「321」への改称
1946年、27 CHRO C12にはインカブロック耐衝撃装置と耐磁性のヒゲゼンマイが加えられたとされる。この改良仕様が1949年、オメガの番号体系でCal. 321と名づけられた。ルマニア側では同系統が2310の名で知られ、21石・スワンネック緩急針を備える仕様は2320として区別される。ただしこれらの呼称には後年の遡及的な整理が含まれるとされ、資料によって表記が揺れる。
Cal. 321はオメガの各種クロノグラフに搭載され、1957年には初代Speedmaster Ref. CK2915に採用された。モータースポーツでの計時を想定した時計の心臓部であり、この時点ではまだ宇宙との接点はない。
3. 月面への到達と世代交代
1960年代、NASAは有人宇宙飛行に向けて複数社のクロノグラフを評価し、1965年にSpeedmasterを飛行用に採用した。Cal. 321を積んだSpeedmasterはジェミニ計画とアポロ計画で用いられ、1969年のアポロ11号ではバズ・オルドリンのRef. 105.012が月面に至っている。
一方でオメガは1968年、Speedmasterのムーブメントをカム式のCal. 861へ切り替えた。製造工程の合理化が理由とされる。Cal. 321は宇宙開発史の象徴となるのと前後して、量産の現場から退いたことになる。
同じ27系の設計は、その後も他社の高級クロノグラフの基盤として受け継がれた。パテック フィリップRef. 3970のCH 27-70 Q、ヴァシュロン・コンスタンタンのCal. 1141などがその例である。一つの設計が、異なるブランドの思想のもとで別々の表情を得た系譜といえる。
4. 2019年の再製造
2019年1月、オメガはCal. 321の再生産を発表した。コードネーム「Alaska 11」のもと、専任チームが2年以上をかけて設計資料を精査し、アポロ17号でユージン・サーナンが着用したSpeedmaster ST 105.003をトモグラフィー(断層撮影)で走査して各部を復元したという。基準に据えたのは第2世代のCal. 321の仕様である。
製造はビエンヌの本社に設けられた専用工房で行われ、一人の時計師が組み立てから完成までを担う体制とされる。同年のプラチナモデルを皮切りに、2020年にステンレススチールの39.7mmモデル(Ref. 311.30.40.30.01.001)、2022年にはSpeedmaster誕生65周年を記念したキャノープスゴールドの38.6mmモデル(Ref. 311.50.39.30.01.001)が加わった。