系譜と歴史
1. 開発の背景:Cal. 8500系と磁気の課題
Cal. 8400の出発点は、2007年に発表されたCal. 8500にある。それ以前のオメガは、1999年のCal. 2500で汎用ベースにコーアクシャル脱進機を組み込む手法をとっていた。Cal. 8500は、この脱進機を前提に一から設計された自社製ムーブメントであり、以後のオメガの基幹系統となる。
その後の課題は磁気であった。スマートフォンやバッグの留め具など、日常にはムーブメントの精度を乱す磁場があふれている。オメガは2008年にシリコン製ヒゲゼンマイSi14を導入し、2013年にはシーマスター アクアテラ >15,000ガウスでCal. 8508を発表した。Cal. 8508はオメガ、ETA、Asulab、Nivarox-FARの技術者による共同開発とされ、Nivagauss™と名付けられた非磁性合金を天真などの軸部品に用いている。
2. 無日付という選択
2014年、オメガは1957年のシーマスター300(Ref. CK2913)を再解釈したシーマスター300 マスター コーアクシャルを発表した。ここに搭載されたのがCal. 8400である。Cal. 8500系から日付機構を外した仕様で、原型の簡潔な文字盤構成を損なわないための選択と読み取れる。
当時の「マスター コーアクシャル」の名称は、15,000ガウス超の耐磁性能を持つムーブメントを示すものであった。2015年には映画『007 スペクター』に因む限定モデル(Ref. 233.32.41.21.01.001)にも採用され、Cal. 8400の知名度を広げた。
3. 派生と後継
同系統には、ローターとテンプ受けを金製とした装飾版Cal. 8401がある。貴金属ケースのシーマスター300などに搭載された。
2015年、オメガはスイス連邦計量・認定局(METAS)と共同で「マスター クロノメーター」認定を開始し、グローブマスターから適用した。Cal. 8400はCOSC認定のクロノメーターであるが、METASの認定試験は受けていない。2021年のシーマスター300刷新では、基本構造を共有するCal. 8912が後継となった。Cal. 8400は、耐磁ムーブメントがMETAS認定体制へ移行する直前の世代を担った存在といえる。
4. 業界での位置
耐磁への取り組みには、大きく二つの系譜がある。一つは軟鉄製インナーケースでムーブメントを囲い、磁場を遮る手法である。もう一つは、ムーブメント自体を磁気の影響を受けにくい素材で構成する手法である。Cal. 8400は後者に属し、シースルーバックでムーブメントを見せられる点が構造上の特徴となる。ヒゲゼンマイ素材の刷新は他社でも並行して進められており、各社がそれぞれの設計思想で同じ課題に取り組んできた。