物語
01ヘルシュタインの渓谷で
1904年6月1日、ル・ロックルで時計づくりを学んだパウル・カッティンとジョルジュ・クリスティアンは、ヴァルデンブルクの谷あいの村ヘルシュタインに移り、閉鎖されたばかりのローナー商会の工場を引き継いだ。社名は近くを流れる小川オリスバッハから取った。発音しやすく、どの言語でも通じる名である。二人が掲げたのは、特権階級ではなく普通の人々のための時計という構想だった。採用したのはピンレバー (ロースコフ) 脱進機。スイスレバーより調整が容易で量産に向く機構である。安価で頑丈な時計は広く受け入れられ、1911年にオリスはヘルシュタイン最大の雇用主となった。職人を集めるため社宅まで建て、周辺の村へ工場を広げていく。1925年には腕時計へ軸足を移し、1938年、大型のリューズとポインターカレンダーを備えた初のパイロットウォッチ、ビッグクラウンを発表する。手袋をはめたまま操作できる大きなリューズは、後年までブランドの記号であり続けた。
02統制法という足枷
成長を続けるオリスの前に立ちはだかったのが、1934年に施行された時計統制法である。世界恐慌期に生まれたこの法は、中小メーカーのカルテルを保護する一方で、技術革新を抑える性格を持っていた。すでに数百名を抱えるオリスは小規模メーカーの組合に加われず、精度に勝るスイスレバー脱進機への移行を阻まれた。この足枷を外そうとしたのが、1956年に総支配人オスカー・ヘルツォークが採用した弁護士ロルフ・ポルトマンである。彼は10年あまりをかけて統制法と闘い、1965年に勝訴して規制を覆す。翌1966年、オリスはようやく自社初のレバー脱進機モデル「スター」を世に出した。この時期のオリスは年産120万個、従業員約800名を数え、世界有数の規模に達していた。1965年には初のダイバーズウォッチを送り出し、回転ベゼルと100メートル防水を備えるこのモデルが、後のダイバーズ・シックスティ・ファイブの原型となる。
03危機と独立の回復
頂点と転落は隣り合っていた。1970年、オリスは大手連合ASUAG (後にスウォッチ グループへと統合される) の傘下に入る。その直後、セイコーのアストロンに始まるクォーツ革命がスイス時計産業を襲った。グループの方針はオリスにクォーツ生産を求めたが、低価格の海外勢には及ばず、生産は激減する。900名近くいた従業員は数十名にまで減った。消滅も現実味を帯びるなか、1978年に入社したウルリッヒ・W・ヘルツォークと弁護士ポルトマンは、1982年、残されたオリスを経営陣による買収で取得する。独立を取り戻した新生オリスSAが下したのは、時流に逆らう決断だった。クォーツを捨て、機械式時計だけを作る。「やらなければ、我々は消えていた」とヘルツォークは後に振り返っている。1990年代初頭にクォーツの製造を完全に止め、オリスは機械式専業のメーカーとなった。
04四つの世界と赤いローター
独立後のオリスは、自らの輪郭をはっきりさせていく。2002年、回転錘を赤く塗った「レッドローター」を商標登録し、外から見える個性とした。製品はダイビング、カルチャー、アビエーション、モータースポーツという四つの世界に整理される。1965年の系譜を継ぐダイバーズ・シックスティ・ファイブ、現代的なダイバーのアクイス、1938年に遡るビッグクラウン ポインターデイト。2009年にはプロダイバーで、ベゼルを固定できる特許機構ロテーション・セーフティ・システムを採用した。アクイス デプスゲージでは、サファイア外周に刻んだ溝へ水を導き、ボイル=マリオットの法則で空気の圧縮から深度を読む機構を機械式時計に収めている。文化面では1996年のオリス・ロンドン・ジャズ・フェスティバルを皮切りにジャズと結びつき、2001年にはマイルス・デイヴィスに捧げるコレクションを発表。2003年にはウィリアムズF1チームとの協業を始めた。
05自社ムーブメントの時代
2014年、創業110周年に合わせてオリスは35年ぶりの自社開発ムーブメント、キャリバー110を発表する。単一の香箱から10日間のパワーリザーブを引き出し、独自の非線形パワーリザーブ表示を備えた手巻きである。続く2020年のキャリバー400は、より実用に寄せた自動巻きだった。ツインバレルで120時間 (5日間)、2,250ガウスへの耐磁性、シリコン製脱進機を備え、毎時28,800振動 (4Hz) で動く。10年間の保証と10年間の推奨メンテナンス間隔は、使い続ける道具としての約束である。同じ頃、オリスは環境への取り組みを「チェンジ・フォー・ザ・ベター」として束ね、回収プラスチックを文字盤に用いたアクイス・デイト・アップサイクルや、海洋保護を掲げる限定モデルを送り出した。本社は今もヘルシュタインの同じ敷地にある。2026年からはロルフ・シュチューダーがCEOを単独で務め、ウルリッヒ・W・ヘルツォークが会長、九十代のロルフ・ポルトマンが名誉会長として、独立企業オリスを支えている。