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BRAND · CH · EST. 1904

Oris

オリス

クォーツ全盛の時代に機械式時計だけを選び取り、独立とヘルシュタインの地を守り続けるスイスのマニュファクチュール

COUNTRY
CH
FOUNDED
1904
HEADQUARTERS
スイス ヘルシュタイン (バーゼル=ラント準州)
GROUP
独立企業(オリスSA)
FOUNDERS
パウル・カッティン、ジョルジュ・クリスティアン
01 — OVERVIEW

概要

オリス (Oris) は1904年、スイス北西部バーゼル地方の村ヘルシュタインで創業した時計メーカーである。創業者はル・ロックル出身のパウル・カッティンとジョルジュ・クリスティアン。社名は工場近くを流れる小川オリスバッハに由来する。20世紀後半のクォーツ危機を経て、1982年の経営陣による買収で独立を回復し、以後は機械式時計のみを手がける方針を貫いてきた。大手グループに属さない数少ない独立系として、手の届く価格帯で堅実な機械式時計を作り続ける姿勢が、今日の評価を支えている。

02 — PHILOSOPHY

設計思想

What this house values

機構面で、オリスは「意味のあるもの」を作るという原則を掲げる。名声を競う複雑機構ではなく、日常で使われる時計の信頼性と耐久性を磨くことに資源を割いてきた。2020年発表のキャリバー400 (Calibre 400) はその象徴である。ツインバレルによる120時間 (5日間) のパワーリザーブ、2,250ガウスへの耐磁性、シリコン製脱進機を備え、10年間の保証と10年間の推奨メンテナンス間隔を打ち出した。派手な数値ではなく、所有者が長く使える実利を狙った設計である。

意匠面では、過去の自社モデルを起点にする姿勢が一貫する。1938年のビッグクラウンに始まる大型リューズとポインターデイト、1965年の初代ダイバーズに連なる視認性重視の文字盤。新規性のための新規性を避け、機能から導かれた形を反復しながら更新していく。

商業哲学の核は独立である。多くのブランドが大手グループの傘下で規模を得たのに対し、オリスはヘルシュタインの同じ敷地に本社を置き続け、200名ほどの規模で運営される。共同CEOを長く務めたロルフ・シュチューダーは、自分たちを「市民 (citoyens)」になぞらえ、宮殿のようなブースではなく開かれた広場を象徴に掲げると語っている。パテック フィリップが伝統と複雑機構を、ロレックスが堅牢性と汎用性を追求するのに対し、オリスが選んだのは「手の届く機械式」という領域だった。結果として残されたのは、希少性や資産性ではなく、使われる道具としての時計である。

03 — STORY

物語

A narrative of the house

01ヘルシュタインの渓谷で

1904年6月1日、ル・ロックルで時計づくりを学んだパウル・カッティンとジョルジュ・クリスティアンは、ヴァルデンブルクの谷あいの村ヘルシュタインに移り、閉鎖されたばかりのローナー商会の工場を引き継いだ。社名は近くを流れる小川オリスバッハから取った。発音しやすく、どの言語でも通じる名である。二人が掲げたのは、特権階級ではなく普通の人々のための時計という構想だった。採用したのはピンレバー (ロースコフ) 脱進機。スイスレバーより調整が容易で量産に向く機構である。安価で頑丈な時計は広く受け入れられ、1911年にオリスはヘルシュタイン最大の雇用主となった。職人を集めるため社宅まで建て、周辺の村へ工場を広げていく。1925年には腕時計へ軸足を移し、1938年、大型のリューズとポインターカレンダーを備えた初のパイロットウォッチ、ビッグクラウンを発表する。手袋をはめたまま操作できる大きなリューズは、後年までブランドの記号であり続けた。

02統制法という足枷

成長を続けるオリスの前に立ちはだかったのが、1934年に施行された時計統制法である。世界恐慌期に生まれたこの法は、中小メーカーのカルテルを保護する一方で、技術革新を抑える性格を持っていた。すでに数百名を抱えるオリスは小規模メーカーの組合に加われず、精度に勝るスイスレバー脱進機への移行を阻まれた。この足枷を外そうとしたのが、1956年に総支配人オスカー・ヘルツォークが採用した弁護士ロルフ・ポルトマンである。彼は10年あまりをかけて統制法と闘い、1965年に勝訴して規制を覆す。翌1966年、オリスはようやく自社初のレバー脱進機モデル「スター」を世に出した。この時期のオリスは年産120万個、従業員約800名を数え、世界有数の規模に達していた。1965年には初のダイバーズウォッチを送り出し、回転ベゼルと100メートル防水を備えるこのモデルが、後のダイバーズ・シックスティ・ファイブの原型となる。

03危機と独立の回復

頂点と転落は隣り合っていた。1970年、オリスは大手連合ASUAG (後にスウォッチ グループへと統合される) の傘下に入る。その直後、セイコーのアストロンに始まるクォーツ革命がスイス時計産業を襲った。グループの方針はオリスにクォーツ生産を求めたが、低価格の海外勢には及ばず、生産は激減する。900名近くいた従業員は数十名にまで減った。消滅も現実味を帯びるなか、1978年に入社したウルリッヒ・W・ヘルツォークと弁護士ポルトマンは、1982年、残されたオリスを経営陣による買収で取得する。独立を取り戻した新生オリスSAが下したのは、時流に逆らう決断だった。クォーツを捨て、機械式時計だけを作る。「やらなければ、我々は消えていた」とヘルツォークは後に振り返っている。1990年代初頭にクォーツの製造を完全に止め、オリスは機械式専業のメーカーとなった。

04四つの世界と赤いローター

独立後のオリスは、自らの輪郭をはっきりさせていく。2002年、回転錘を赤く塗った「レッドローター」を商標登録し、外から見える個性とした。製品はダイビング、カルチャー、アビエーション、モータースポーツという四つの世界に整理される。1965年の系譜を継ぐダイバーズ・シックスティ・ファイブ、現代的なダイバーのアクイス、1938年に遡るビッグクラウン ポインターデイト。2009年にはプロダイバーで、ベゼルを固定できる特許機構ロテーション・セーフティ・システムを採用した。アクイス デプスゲージでは、サファイア外周に刻んだ溝へ水を導き、ボイル=マリオットの法則で空気の圧縮から深度を読む機構を機械式時計に収めている。文化面では1996年のオリス・ロンドン・ジャズ・フェスティバルを皮切りにジャズと結びつき、2001年にはマイルス・デイヴィスに捧げるコレクションを発表。2003年にはウィリアムズF1チームとの協業を始めた。

05自社ムーブメントの時代

2014年、創業110周年に合わせてオリスは35年ぶりの自社開発ムーブメント、キャリバー110を発表する。単一の香箱から10日間のパワーリザーブを引き出し、独自の非線形パワーリザーブ表示を備えた手巻きである。続く2020年のキャリバー400は、より実用に寄せた自動巻きだった。ツインバレルで120時間 (5日間)、2,250ガウスへの耐磁性、シリコン製脱進機を備え、毎時28,800振動 (4Hz) で動く。10年間の保証と10年間の推奨メンテナンス間隔は、使い続ける道具としての約束である。同じ頃、オリスは環境への取り組みを「チェンジ・フォー・ザ・ベター」として束ね、回収プラスチックを文字盤に用いたアクイス・デイト・アップサイクルや、海洋保護を掲げる限定モデルを送り出した。本社は今もヘルシュタインの同じ敷地にある。2026年からはロルフ・シュチューダーがCEOを単独で務め、ウルリッヒ・W・ヘルツォークが会長、九十代のロルフ・ポルトマンが名誉会長として、独立企業オリスを支えている。

04 — HISTORY

歴史

A factual chronology

1904年6月1日、パウル・カッティンとジョルジュ・クリスティアンは、閉鎖されたばかりのローナー商会の工場を取得し、ヘルシュタインで時計製造を始めた。創業時の従業員は67名。当初は懐中時計を量産し、安価で扱いやすいピンレバー (ロースコフ) 脱進機を採用した。1906年にホルダーバンク、1908年にコモへ工場を広げ、1911年にはヘルシュタイン最大の雇用主となる。1925年に初の腕時計を発表。1927年に共同創業者クリスティアンが没し、ジャック=ダヴィッド・ルクルトが取締役会長に就任、翌1928年にオスカー・ヘルツォークが43年に及ぶ総支配人の職に就いた。

1934年、スイス政府は時計産業を保護する「時計統制法」を施行する。中小メーカーのカルテルを認める内容で、規模の大きいオリスはより精度の高いスイスレバー脱進機への移行を制限された。1938年には大型リューズとポインターカレンダーを備えた初のパイロットウォッチ、ビッグクラウンを発表。第二次大戦中は輸出が縮小し、目覚まし時計の製造で事業を支えた。1956年、総支配人オスカー・ヘルツォークは弁護士ロルフ・ポルトマンを採用し、ポルトマンは統制法の撤廃に向けて約10年運動を続け、1965年に勝訴する。翌1966年、オリスは初のレバー脱進機モデル「スター」を世に出す。

1960年代末のオリスは年産120万個、従業員約800名を抱え、世界有数の規模を誇った。だが1970年にASUAG (後にスウォッチ グループへ統合) の傘下に入った直後、クォーツ危機が直撃する。生産は激減し、従業員は数十名にまで落ち込んだ。1982年、ロルフ・ポルトマンとウルリッヒ・W・ヘルツォークが経営陣による買収を実施し、オリスは独立を回復。新生オリスSAはクォーツを捨て、機械式時計に専念する道を選んだ。1988年に銅鑼を鳴らすアラーム機構のキャリバー418、1991年にムーンフェイズのキャリバー581を発表する。2002年には赤いローター (レッドローター) を商標登録し、ブランドの目印とした。2014年に35年ぶりの自社開発ムーブメント、キャリバー110、2020年に自動巻きのキャリバー400を発表。現在も本社はヘルシュタインにあり、ウルリッヒ・W・ヘルツォークが会長、ロルフ・ポルトマンが名誉会長を務める独立企業として運営されている。

05 — SERIES OVERVIEW

シリーズ概観

How the series relate

オリスの現行ラインは、ブランドが掲げる四つの世界に沿って整理できる。

ダイビングの中心はアクイス (Aquis) である。多面的なケースと回転ベゼルを持つ現代的なダイバーで、防水性能と日常での使いやすさを両立させた主力シリーズ。サイズや文字盤色の選択肢が広く、自社キャリバー400を積む上位機も揃う。同じ世界に属するダイバーズ・シックスティ・ファイブ (Divers Sixty-Five) は、1965年の初代ダイバーを下敷きにしたヴィンテージ調の一群で、近年のオリス人気を牽引してきた。深度計を機械式で実現したアクイス デプスゲージも、この世界の技術的な到達点を示す。

アビエーションを代表するのがビッグクラウン ポインターデイト (Big Crown Pointer Date) で、1938年以来作り続けられる中央指針式の日付表示が特徴。手袋でも回せる大型リューズという出自の意匠を今に伝える。より現代的なプロパイロット (ProPilot) は視認性を重視したパイロットウォッチで、スケルトン化した自社キャリバー115を積むプロパイロットXは、同じ系譜の先端にある。

ドレス寄りのアートリエ (Artelier) は、ワールドタイマーやムーンフェイズなどの機構を穏やかな意匠でまとめる世界。これらの土台の上に、モータースポーツやカルチャーの限定モデル、創業の地にちなむヘルシュタイン・エディションなどが随時加わる。各シリーズの詳細は個別ページに譲る。

06 — SERIES

代表シリーズ

Lineages of one house
全3シリーズを見る →
07 — CALIBERS キャリバー一覧 →

主要キャリバー

Movements of the house
08 — CULTURAL

文化との接点

Where this house meets the wider world

オリスは早くから時計の外側にある世界と結びついてきた。意図的な協業と、結果として象徴になった事例の双方がある。音楽では、1996年のオリス・ロンドン・ジャズ・フェスティバルが最初の大きな提携で、英国のサックス奏者アンディ・シェパードを冠した一本に始まり、2001年にはマイルス・デイヴィスを記念するコレクションへと広がった。モータースポーツでは2003年からウィリアムズF1チームと長く協業し、関連モデルを重ねている。海の世界では、米海軍初のアフリカ系マスターダイバー、カール・ブラシアに捧げる限定モデルや、海洋保護を掲げる限定モデルを通じて、ダイビングという出自を社会的な活動へとつなげてきた。スポンサー契約として始まった結びつきと、長い使用のなかで象徴化した結びつきが、ブランドの四つの世界を形づくっている。

— SOURCES

出典

本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。

  1. 01 公式 The history of Oris 公式 · Oris · 2026.08.15 閲覧 Oris · 2026.08.15
  2. 02 公式 The letter of the law 公式 · Oris · 2026.08.15 閲覧 Oris · 2026.08.15
  3. 03 専門メディア Oris at Watches and Wonders 2026: The Star is Reborn 専門メディア · Revolution Watch · 2026.08.15 閲覧 Revolution Watch · 2026.08.15
  4. 04 専門メディア Introducing: Oris Star Edition 専門メディア · The Deep Track · 2026.08.15 閲覧 The Deep Track · 2026.08.15