設計思想
1. 刷新前夜の'57
2013年に始まった'57は、初代CK2915の意匠を自社製のクロノグラフに重ねるコレクションだった。ただし評価は割れた。自動巻きCal.9300を収めたケースの厚みは、細身だった原典の印象と距離があった。専門誌Monochromeは、この系譜がムーンウォッチの陰で温かく迎えられてこなかったと振り返っている。
もう一つの背景に、オメガが2015年から進めてきたマスター クロノメーター化がある。スイス連邦計量・認定局(METAS)の基準で、精度と耐磁性を認定する制度である。ムーンウォッチも2021年、Cal.3861の搭載で認定を得た。一方の'57は、COSC認定のまま残されていた。2022年3月、スピードマスター誕生65周年の節目に行われた刷新は、寸法と認定という二つの宿題に答える形となった。
2. 二本の黒から一本の黒へ
前任世代には黒文字盤が2本あった。2013年の331.10.42.51.01.001はアルファ針と植字インデックスを備え、1959年のCK2998を参照したとされる。2015年に加わった331.10.42.51.01.002は、初代への回帰を強めた仕様である。ブロードアロー針と凹んだインデックス、経年を思わせる夜光を備えた。
本Refはこの2本を1本に集約し、方向としては後者を引き継いだ。ブロードアロー針とベージュ系の夜光は残り、文字盤の作りはさらに踏み込んだものとなった。ケース径は41.5mmから40.5mmへ、厚さは16.17mmから12.99mmへ縮んでいる。防水性能は100mから50mへ改められた。薄さと引き換えに選ばれた仕様と読める。
変わらなかったものもある。左右対称の直線ラグ、2つのサブダイヤルと6時位置の日付からなる表示構成は前任のままだ。時針だけを1時間単位で動かせるタイムゾーン機能も、Cal.9300から受け継がれた。
3. 4色のなかの黒
第2世代の'57は、黒と同時にブルー、グリーン、バーガンディの3色を加えた。ブレスレット仕様のRefは、それぞれ332.10.41.51.03.001、332.10.41.51.10.001、332.10.41.51.11.001である。3色はPVDやワニスで色を与えた文字盤に、植字インデックスと白い夜光を組み合わせる。オメガが「古典的な構造」と呼ぶ作りで、色彩によって現代性を打ち出す役割を担う。
黒だけが、別の設計で作られた。二層の文字盤とヴィンテージ夜光は、4色のなかで本Refを初代の側に置く。色の選択肢を広げながら、伝統の黒には原典との距離を縮める役を与える。第2世代がとった二本立ての方針のうち、原典側を引き受けたのが本Refである。
オメガは発表時、Cal.3861を積むムーンウォッチ(13.58mm)より薄いことを強調した。月の物語を担う兄に対し、地上の古典的なクロノグラフという立ち位置が、寸法の上でも明確になった。
意匠分析
ケースはリューズガードを持たない左右対称形である。ケースバンドから真っすぐ伸びるラグは側面に面取りを持ち、上面のポリッシュと側面のヘアラインが稜線で切り替わる。薄型化の主因は、自動巻き機構を持たない手巻きムーブメントの採用にある。一方でラグ全長は49.64mmあり、直線ラグの伸びが手首の上での存在感を保つ。
ベゼルは前任より幅を詰めたブラッシュ仕上げのステンレスで、黒いタキメーター目盛りはレーザーで刻印・着色されたとされる。90の上に点を打つ「ドット・オーバー・ナインティ」も再現された。初期スピードマスターのベゼルを知る愛好家に向けた細部である。
このRefを兄弟機から分けるのは文字盤である。構成は2枚のプレートによる。下層には「ヴィンテージ」Super-LumiNovaを塗り、上層はサンドブラスト仕上げの黒で、インデックスの形にくり抜かれている。夜光は窓の奥に沈み、印刷や植字とは異なる奥行きを生む。OMEGAロゴや分目盛りの印字もベージュで刷られ、夜光の色調と揃えられた。直接の前任にあたる2015年の331.10.42.51.01.002は、凹んだインデックスに夜光を充塡する方式だった。
針はダイヤモンドポリッシュを施したロジウムメッキのブロードアロー型で、時分針にもヴィンテージ夜光が入る。風防は両面無反射処理の箱形サファイアクリスタルで、立ち上がった縁がかつての樹脂風防の輪郭を思わせる。
ブレスレットは2019年のアポロ11号50周年記念モデルと同じ意匠で、1950〜60年代のフラットリンクを下敷きにする。前任より薄い断面を持ち、幅はラグ側20mmからクラスプ側15mmへ絞られる。クラスプには、2段階で計2.3mm延ばせる延長機構「コンフォートリリース」を備える。
ムーブメントは、自動巻きCal.9900から巻き上げ機構を除いた手巻きのCal.9906である。クロノグラフの発停を司る円柱状の歯車「コラムホイール」と、始動時の針飛びを抑える連結方式「垂直クラッチ」、直列に配した2つの香箱を受け継ぐ。脱進機には、摩擦を抑えるオメガ独自のコーアクシャル脱進機を用いる。裏蓋からはアラベスク状のジュネーブウェーブを施したロジウムメッキのブリッジと、黒く仕上げたネジやテンプが見える。
系譜と歴史
2022年3月7日、オメガはスピードマスター誕生65周年に合わせ、全面刷新した'57コレクションを発表した。正式名は「スピードマスター'57 コーアクシャル マスター クロノメーター クロノグラフ 40.5mm」である。同じ時期には、ムーンシャインゴールド製のムーンウォッチ2型も公開された。国内では同月中の発売予定と伝えられている。
発表時のラインアップは8型である。ブラック、ブルー、グリーン、バーガンディの4色の文字盤を、ブレスレットとレザーストラップで展開した。いずれも限定ではない常設モデルとされた。本Refはブラック文字盤にブレスレットを組んだ仕様である。ブラウンのレザーストラップを合わせたRef. 332.12.41.51.01.001と対をなす。発表資料は、2枚のプレートを重ねる文字盤がブラックだけの仕様であることを明示していた。
これにより、第1世代で並存していた2本の黒は役目を終えた。2013年発表のRef. 331.10.42.51.01.001と、2015年に加わったRef. 331.10.42.51.01.002である。WatchBaseは前者の生産期間を2013年から2021年と記録している。Ref番号は先頭が「331」から「332」へ、ケース径に対応するとされる3段目が「42」から「41」へ改められた。世代の切り替わりは番号の上でも読み取れる。
発表後、本Ref固有の仕様変更は確認できない。第2世代の'57はステンレス8型の構成で推移しており、ブラックのサンドイッチ文字盤を用いた派生や限定版も確認できない。2026年9月時点でも、本Refはオメガ公式サイトに現行品として掲載されている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。