設計思想
復刻ではなく、現代機として
2013年4月のバーゼルワールドで、オメガはスピードマスターの系譜に新しい枝を加えた。1957年の初代Ref. CK2915を名の由来とするスピードマスター '57である。ただし、その中身は復刻ではなかった。2011年に44.25mmのスピードマスターで実用化されたばかりの自社製コーアクシャル・クロノグラフムーブメント、Cal.9300を積む現代機である。発表の場では同時公開のセラミック製「ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」に注目が集まり、'57は比較的静かな船出だったと伝わる。
当時のオメガには明確な分業があった。月面の記憶を継ぐムーンウォッチ・プロフェッショナルは手巻きCal.1861の聖域として変えず、自社製コーアクシャル世代は別の器で展開する。Cal.9300をより古典的な寸法に収める受け皿として構想されたのが'57だった。直線ラグやフラットリンクブレスといった初代の記号を引用しつつ、針はブロードアローではなくアルファ型、表示はデイト付きの2カウンター。1990年代末の復刻(Ref. 3594.50)とも、後年の「1957 トリロジー」(2017年)のような忠実再現とも異なる、再解釈という道を選んでいる。
鋼にブルーという第三の選択
発表時のステンレス仕様には、黒、ブルーPVD、シルバーの3種の文字盤が当初から用意された。本Refはそのブルーをステンレスブレスレットと組み合わせた仕様である。黒のRef. 331.10.42.51.01.001がスピードマスターの伝統への接続を担ったのに対し、ブルーは「月の物語」から半歩離れて立つ'57の性格を、もっとも素直に表す色だったといえる。2010年代に業界全体へ広がったブルー文字盤の潮流とも重なり、スポーツクロノグラフをドレス寄りに装う選択肢を開いた。同じ文字盤をブラウンレザーと組むRef. 331.12.42.51.03.001が、兄弟仕様として並行展開されている。
9年で閉じた世代、引き継がれた青
ライン全体は2015年にヴィンテージ調の派生を加えたが、ブルー仕様は手を加えられないまま生産を続けた。その間、オメガは2015年のグローブマスターを起点にMETAS認定のマスター クロノメーター化を全社的に進めており、COSC認定にとどまるCal.9300系の'57は、ブランド内では世代的に取り残されつつあった。2022年3月、ケース径を40.5mmへ縮め、手巻きのマスター クロノメーターCal.9906を搭載する新世代(332系)が発表され、本Refを含む第1世代は役目を終える。ブルー文字盤は後継のRef. 332.10.41.51.03.001へ引き継がれ、黒と並ぶ'57の定番色として定着した。その起点に立つのが、この一本である。
意匠分析
ケース径は41.5mm。ラグを湾曲させるムーンウォッチのライヤーラグとは異なり、ケースバンドから直線的に伸びる対称形のラグが'57の輪郭を決めている。側面のヘアラインと上面のポリッシュは稜線で明確に切り替えられ、面の規律は同時期の上位機と比べても見劣りしないと評された。直列に置かれた2つの香箱とコラムホイールを重ねるCal.9300の構造を受けて、ケース厚は16mmを超える。ラグ幅20mm、ラグからラグまで約50mmで、径の数字以上に腕の上では量感のある時計である。
ベゼルはブラシ仕上げのステンレスに黒のタキメーター目盛りを直接あしらう。別体のインサートを嵌める現行ムーンウォッチの方式ではなく、金属ベゼルの面に目盛りを置いた初代の処理への参照である。
文字盤はPVD処理によるブルー。ロジウム仕上げのアプライドインデックスは先端に夜光ドットを伴い、針には細身のアルファ型が選ばれた。初代を象徴するブロードアローを主役の針から外す一方で、3時位置の積算計ではアロー形の時針が小さく1957年を引用する。60分計と12時間計を同じサブダイヤルに同軸で重ねる構成はCal.9300の設計に由来し、本来3つ必要なカウンターを2つに減らして左右対称の文字盤を成立させた。6時位置にはデイト窓が開く。
ブレスレットはフラットリンクの外コマにポリッシュの中央コマを通し、1960年代の純正ブレス(Ref. 1039など)を想起させる意匠とした。クラスプはプッシュボタン式のダブルフォールディングである。
シースルーバックの内側ではCal.9300が動く。アラベスク状に波打つジュネーブウェーブ、ロジウム仕上げ、シリコン製ヒゲゼンマイ「Si14」。時針は単独で1時間単位の前後操作ができ、分針と秒針を止めずに時差に対応する。認定はCOSCクロノメーターであり、後年のMETAS基準はこの世代に適用されていない。
系譜と歴史
2013年4月、バーゼルワールドで「スピードマスター '57 オメガ コーアクシャル クロノグラフ」として発表された。開幕の数日前に公式サイトへ一時的に掲載され、会期を待たずにその存在が知られたことも記録されている。発表時のラインアップはステンレス、18Kレッドゴールド、18Kイエローゴールド、レッドゴールドとステンレスのバイカラー、グレード5チタンに及び、ステンレス仕様には黒、ブルーPVD、シルバーの3種の文字盤が当初から設定された。本Refはこのうちブルー文字盤とステンレスブレスレットの組み合わせであり、ブラウンレザーを組むRef. 331.12.42.51.03.001と対をなす。ゴールドモデルのみ、同年夏以降の発売と案内された。
2015年のバーゼルワールドでは、エイジング加工の夜光とブロードアロー針を備えるヴィンテージ調の派生(Ref. 331.10.42.51.01.002など)がラインに追加された。一方でブルー仕様に変更はなく、本Ref固有の生産期間中の仕様変更も確認できない。
2022年3月、オメガはケース径を40.5mmに改め、手巻きのマスター クロノメーターCal.9906を搭載する新世代の'57(332系)を発表した。ブルー文字盤も新世代へ引き継がれ、本Refを含む第1世代はカタログから退いた。生産期間は2013年から2021年と記録されており、世代交代の直前まで生産が続いたとみられる。現在は生産終了モデルである。