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BRAND · DE · EST. 1869

Mühle Glashütte

ミューレ・グラスヒュッテ

計測器の工房として始まり、いまは海と陸の現場の道具を作る — グラスヒュッテで唯一、創業家が六代続くドイツ時計メーカー

COUNTRY
DE
FOUNDED
1869
HEADQUARTERS
ドイツ ザクセン州グラスヒュッテ
GROUP
Mühle 家(独立家族経営)
FOUNDERS
ロベルト・ミューレ
01 — OVERVIEW

概要

Mühle-Glashütte は1869年にザクセン州グラスヒュッテで Robert Mühle が創業した、計測器具の系譜を引くドイツ時計メーカーである。地元時計工房に計測器を供給する工具職人の店として出発し、東独期の国有化を経て、1994年に4代目 Hans-Jürgen Mühle が航海計器・腕時計メーカーとして再興した。グラスヒュッテに本拠を置く唯一の地元家族経営時計メーカーであり、現在は5代目 Thilo Mühle と6代目 Fanny、Dustin が経営する。特許取得済みの啄木鳥首微調整と「精度・堅牢性・視認性」の三徳を軸に、ドイツ海難救助協会の艇長たちが現場で使う実用時計を作り続けている。

02 — PHILOSOPHY

設計思想

What this house values
「Nautische Instrumente Mühle-Glashütte」

「測ること」が Mühle の原点である。Robert Mühle が1869年に開いたのは時計の組み立て工房ではなく、時計を組み立てる職人たちのための計測器の工房だった。この出自は今も変わらない。製造の対象は腕時計と航海計器に移ったが、ブランドは自らを時計メーカーではなく「Nautische Instrumente Mühle-Glashütte」 — 航海器具メーカーと名乗り続けている。

この自己定義から、ブランドの哲学が導かれる。Mühle は自社製品が満たすべき性質を「3つの航海の徳」(Nautische Tugenden) — 精度、堅牢性、視認性 — に集約する。これらは華やかな価値ではない。荒れた北海・バルト海で救助艇の艇長が瞬時に経過時間を読めること、激しい衝撃でも狂わないこと、そういう実用上の必要に応える価値である。AIDA フリートのクルーズ船や各国の高級ヨットに納める時刻配信システムを設計してきた経験が、腕時計の設計思想にそのまま流れ込んでいる。

機構面では、2003年に特許を出願した啄木鳥首微調整 (Spechthals-Regulierung) に思想が結晶している。グラスヒュッテ伝統の白鳥首微調整を発展させ、調整針を横方向と下方向の両方から固定することで衝撃に強くした構造である。Mühle はこの機構を、過酷な使用が想定される救助時計だけでなく、すべての腕時計に標準搭載する。さらに、出荷時の歩度はすべて「日差 0〜+8秒」と進み側に揃える。装着者が自社の時計のために遅刻することがないように、というのが社の説明である。

商業哲学にも独自性がある。Mühle は今も創業家のみで所有・経営されるグラスヒュッテ唯一の地元時計ブランドであり、利益最大化よりも生産規模の節度と従業員との関係を優先する家族企業文化を保つ。1629年に制定された家紋に刻まれたラテン語の家訓「Nec Spe, Nec Metu」 — 希望なく、恐れもなく — が、その姿勢を端的に表している。

03 — STORY

物語

A narrative of the house

01計測器の街から

1869年4月、28歳の Robert Mühle はグラスヒュッテの中心部に小さな工房を開いた。フェルディナント・アドルフ・ランゲが町に時計産業を興してから24年が経ち、すでに十数軒の時計工房が立ち並んでいた。それぞれが部品の寸法を測る工具を必要としていたが、グラスヒュッテはスイス時計業界が用いていたパリ・リーニュではなくメートル法を採用しており、独自規格の計測器が必要だった。Mühle が出発点に選んだのは、時計そのものではなく、その時計を作るための道具だった。

Mühle は名門 Moritz Grossmann のもとで工具職人として修業を積んでおり、独立後は工作機械、テンプの真円を測る計測器、ヒゲゼンマイの寸法器具などを供給した。A. Lange & Söhne を含むグラスヒュッテの主要工房がその顧客となる。1905年7月、Robert は息子 Max と Alfred、後に Paul を経営に迎え、社名を「R. Mühle & Sohn」と改めた。

02速度と時刻の二刀流

第一次大戦後の不況とインフレを乗り切ったあと、Mühle は新たな市場を見いだす。1918年から19年にかけて、ザクセンで興りつつあった自動車産業向けに速度計や回転計の供給を始めたのである。ツヴィッカウのメーカー — のちにアウト・ウニオンとして統合されるホルヒ、アウディ、DKW、ヴァンダラー — が顧客となり、1925年頃には車載時計も加わった。Mühle は時計工業と自動車工業の二領域にまたがる計測器メーカーへと変貌する。

この多角化は1930年代の世界恐慌期に意味を持った。時計産業に依存する競合が苦境に陥る中、自動車・軍需向けの売上が経営の重心を保ったのである。

03国有化の四十年

第二次大戦末期、グラスヒュッテは連合軍の爆撃と進駐ソ連軍による工作機械の接収を被り、町の時計産業は壊滅的な打撃を受けた。1945年12月、3代目 Hans Mühle は「Ing. Hans Mühle」を新設し、家業を継続させる。しかし1972年、東独政府は同社を国有化、VEB Feinmechanik Glashütte に統合した。1980年にはさらに VEB Glashütter Uhrenbetriebe の一部門に組み入れられる。

この間も Mühle 家は時計の世界から完全に退いたわけではなかった。4代目 Hans-Jürgen Mühle は VEB に勤め続け、後に販売責任者の地位にまで進んだ。私的所有権は失われていたが、家族の名前と職能はグラスヒュッテに残った。

04再興、そして海へ

1989年11月のベルリンの壁崩壊が状況を一変させる。Hans-Jürgen Mühle は1994年4月、家業を「Mühle-Glashütte GmbH nautische Instrumente und Feinmechanik」として再興した。社名から明らかなように、出発点は腕時計ではなくマリンクロノメーターと船舶時計システムである。AIDA クルーズ船団や高級ヨットに納める時刻配信システム、そして気圧計や湿度計といった航海計器の製造から、新生 Mühle は再出発した。

1995年に造船所から「乗組員用の堅牢な腕時計を作れないか」と打診を受けたのをきっかけに、翌1996年から腕時計事業が始まる。航海計器の設計思想 — 視認性、堅牢性、信頼性 — がそのまま腕時計に移植され、これがブランドの個性を決定づけた。

05救助艇とともに、訴訟とともに

2001年、Hans-Jürgen Mühle はドイツ海難救助協会 DGzRS (Deutsche Gesellschaft zur Rettung Schiffbrüchiger) に、艇長たちが実務で使える腕時計の共同開発を提案した。北海・バルト海の荒天下で多くの艇長の私用時計が破損していた状況が背景にある。2002年2月、最初の S.A.R. Rescue-Timer が艇長 Erwin Borchardt らに引き渡される。Borchardt は「これはなかなか良いものになるかもしれない」と北ドイツ流の控えめな調子で語ったと伝わる。

翌2003年6月、Mühle は「啄木鳥首微調整」の特許を出願した。激しい衝撃でも調整針が浮き上がらない構造で、救助現場で得た知見を機構として結晶化したものである。

しかし好調は続かなかった。2005年、同じグラスヒュッテに本拠を置く Nomos が、Mühle の一部ムーブメントが「グラスヒュッテルール」 — 工程の50%以上を町内で行うことを求める規定 — に違反していると訴えを起こす。2007年、ミュンヘン地方裁判所は Nomos の主張を認め、Mühle は約6,300万ユーロの違反金引当を迫られて倒産手続に入った。

同年10月、5代目 Thilo Mühle が父から経営を引き継ぐ。再建計画は迅速に承認され、翌2008年3月に倒産手続は終結した。

06マニュファクチュールへの歩み

訴訟が突きつけたのは皮肉にも、内製化への道筋でもあった。2008年、Mühle はグラスヒュッテ伝統の3/4プレートを独自に設計し、これを核に大幅改修した自社初の独自呼称キャリバー MU 9408 (クロノグラフ) を発表する。2011年には完全に一から設計した手巻ムーブメント MU 9411 を Teutonia III Handaufzug に搭載した。2014年の創業145周年と再興20周年には、金シャトン留めの古典的意匠を取り入れた「Robert Mühle Manufactory Line」を発表、2019年には Robert Mühle Kaliber 04 を加える。

2024年2月、6代目 Fanny Mühle と Dustin Mühle が経営陣に正式に加わった。Fanny は販売・顧客対応を、エンジニアの Dustin は製造とマニュファクチュール部門を担う。創業155周年と再興30周年を迎えた同年、従業員は約65名に達した。グラスヒュッテで唯一、地元家族が継続して所有・経営する時計メーカーとして、Mühle はその歩みを続けている。

04 — HISTORY

歴史

A factual chronology

1869年4月、Robert Mühle はザクセン州グラスヒュッテに精密計測器具の工房を構えた。Robert は1841年に Lauenstein に生まれ、名門 Moritz Grossmann のもとで工具職人として修業を積んでいた。当時のグラスヒュッテはランゲが時計産業を興してから20余年、町は急成長する時計工房群が必要とする計測器の供給を求めていた。Mühle の工房はこの需要に応える形で出発し、まもなく町の時計産業を支える存在となる。

1905年7月、Robert の息子 Max と Alfred、後に Paul が経営に加わり、社名は「R. Mühle & Sohn」と改められた。第一次大戦後の1918年から19年にかけて、製品系列は自動車向けへ広がる。ホルヒやアウディなどザクセン地方の自動車メーカーに速度計、回転計、車載時計を供給し、Mühle は時計産業と自動車産業の二領域にまたがる計測器メーカーとなった。多角化が、1930年の世界恐慌期に同地域の競合が次々と廃業する中で会社を支えることとなる。

第二次大戦末期、グラスヒュッテは爆撃と進駐ソ連軍による設備接収で時計産業の多くが機能を失った。1945年12月、3代目 Hans Mühle が「Ing. Hans Mühle」を新設して家業を継続させたが、1972年に東独政府によって国有化、1980年には VEB Glashütter Uhrenbetriebe の一部門となる。4代目 Hans-Jürgen Mühle はこの間も会社にとどまり、後に同社の販売責任者を務めた。

ドイツ再統一を機に、Hans-Jürgen Mühle は1994年4月、家業を「Mühle-Glashütte GmbH nautische Instrumente und Feinmechanik」として再興する。当初の主力はマリンクロノメーターと船舶用時計システムで、1996年から本格的に腕時計の生産を開始した。2002年2月、ドイツ海難救助協会 (DGzRS) との共同開発から生まれた S.A.R. Rescue-Timer が救助艇の艇長たちに引き渡され、これがブランドのアイデンティティを決定づける。

2003年6月、衝撃に強い独自微調整機構「啄木鳥首微調整」の特許を出願。2005年に Nomos から「グラスヒュッテルール」をめぐる訴訟を起こされ、2007年に敗訴して倒産手続に入る。同年10月、5代目 Thilo Mühle が経営を継承し、翌2008年3月に倒産手続を脱した。以降は3/4プレートを備えた MU 9408 (2008年)、完全自社設計の手巻 MU 9411 (2011年)、Robert Mühle Manufactory Line (2014年) と段階的に内製化を進める。2024年2月、6代目 Fanny Mühle と Dustin Mühle が経営陣に正式参加し、創業155周年・再興30周年を迎えた。

05 — SERIES OVERVIEW

シリーズ概観

How the series relate

Mühle のコレクションはブランドの二重の出自を反映し、実用工具系の系譜と古典時計系の系譜に大別される。

S.A.R. / Einsatzuhren は DGzRS との共同開発から生まれたツールウォッチ群で、Rescue-Timer、Mission-Timer、Flieger-Chronograph などを含む。100気圧 (1,000メートル) 防水、サファイア内側のレンズによる日付拡大表示、4時位置のリュウズなど、海上勤務の実用要件を細部まで反映した設計である。ブランドの旗艦的位置にあり、多くの限定エディションがここから派生している。

Sportivo は2024年に追加された比較的新しいスポーツライン。GMT、Big Date、Compass Date、Power Chronograph などを擁し、Mühle の航海計器的アイデンティティに現代的なスポーツウォッチの装いを与える方向で展開されている。

Teutonia はスポーティな素材と古典的な意匠を融合させたコレクションで、3針モデルから手巻、ムーンフェイズ、クロノグラフまで派生が広い。古典的なマリンクロノメーターの文字盤要素を取り入れた Teutonia III はブランドの古典系の代表となっている。

29er は同名のセーリングディンギーに由来する日常用堅牢時計で、視認性に振った文字盤が特徴。36.6mm と 42mm の二系列があり、3針、デイデイト、クロノグラフ、ポインターデイトなどの派生を含む。

Lunova はエレガントなスポーツライン、Panova はカラフルなダイヤルを擁するエントリー帯、Terrasport はドイツ観測時計 (B-Uhr) の系譜に立つパイロットウォッチ群である。

最上位には Robert Mühle Manufactory Line が位置する。完全自社設計の手巻キャリバーを搭載し、グラスヒュッテ伝統の彫金されたテンプ受け、金シャトン留めといった古典様式で仕上げられる、ブランドの内製能力を象徴する少数生産ラインである。

06 — SERIES

代表シリーズ

Lineages of one house
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07 — CALIBERS キャリバー一覧 →

主要キャリバー

Movements of the house
08 — CULTURAL

文化との接点

Where this house meets the wider world

Mühle と海の関係は、装飾的なテーマではなく実務的な結びつきから生まれている。社名に「Nautische Instrumente」(航海器具) を冠し、世界中のクルーズ船と高級ヨットに時刻配信システムや船舶用時計を納入してきた経歴が、その出発点である。AIDA フリートのクルーズ船には130以上の子時計を統括する Mühle 製の TCS-1 時刻配信システムが搭載されている。

最も知られた接点は、2002年から続くドイツ海難救助協会 DGzRS との共同開発である。北海・バルト海の救助艇隊の艇長に S.A.R. Rescue-Timer が支給され、20年で累計1万本以上が製造された。2025年には DGzRS 創設160周年と募金箱150周年を記念して S.A.R. Mission-Timer「160 Jahre DGzRS」が160本限定で発表され、販売額の一部が救助活動に寄付される仕組みが続いている。

さらにドイツ海軍の海上偵察パイロットや海兵大隊 (Seebataillon) の隊員向けにも実用時計を供給しており、これらは商業契約というよりも、機材としての評価に基づく継続的な関係である。

— SOURCES

出典

本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。

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