03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 改修ベースという出発点
ミューレ・グラスヒュッテは、グラスヒュッテに本拠を置く同族経営の時計メーカーである。その出自は1869年、ロベルト・ミューレによる精密測定器の製造に遡る。現在の主力は、海上・航空の実用に耐える堅牢な時計づくりにある。
MU 9413は、この姿勢を体現するクロノグラフキャリバーである。母体は、スイスのSellitaが供給する自動巻クロノグラフSellita SW 500。SW 500は、Valjoux 7750の設計を継ぐ汎用ムーブメントで、その源流はValjoux 7733やVenus 188に遡る。堅牢さと汎用性で知られ、多くのブランドの自動巻クロノグラフの土台となってきた。
ミューレはこの母体に深い改修を加える。同社は、改修の度合いが独自キャリバー名を要するほどに及んだ最初の例として、クロノグラフキャリバーMU 9408を挙げる。MU 9413はこの系譜に連なる。完全な自社設計ではなく、汎用機を深く作り込んだ「改修ベースキャリバー」である点を、ミューレ自身が明確にしている。
2. 啄木鳥首緩急装置という解答
ミューレの改修の核は、緩急装置にある。同社は、ドイツ海難救助協会(DGzRS)向けのS.A.R.レスキュータイマーに代表される、衝撃にさらされる実用時計を多く手がける。一般的な緩急装置では、強い衝撃で緩急針が跳ね上がり、調整やテンプ軸に狂いが生じうる。
この課題への解答が、特許取得済みの啄木鳥首(スペヒトハルス)緩急装置である。ミューレは2003年6月7日に特許を出願した。古典的なグラスヒュッテの白鳥首(スワンネック)緩急装置を発展させた機構で、ばねの形状が啄木鳥の首と頭に似ることから名づけられた。衝撃下でも緩急針の位置を保ち、微調整と堅牢性を両立させる。今日では事実上すべてのミューレ製ムーブメントに用いられ、MU 9413もこれをクロノグラフの土台に載せる。
3. 改修系譜とマニュファクチュールへの道
MU 9413は、SW 500を母体とする改修クロノグラフ群の一つである。第一号の名称であるMU 9408はプロマーレ クロノグラフ等に、派生のMU 9419はトイトニア IV クロノグラフに用いられる。近年では、ビッグデイト・モジュールを備えたMU 9424-GD(2024年)や、19部品のパワーリザーブ・モジュールをMU 9413に追加したMU 9244(2025年)も現れた。
これらの改修ベース群とは別に、ミューレは完全自社設計の系譜も歩む。2011年3月の手巻キャリバーMU 9411がその第一号であり、R. ミューレ&ゾーンのRMKシリーズへと連なる。改修ベースと自社設計の二つの流れが、同社のマニュファクチュール化の歩みを形づくっている。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
1. 7750系クロノグラフの土台
MU 9413の母体は、直径30.0mm、厚さ7.9mm(13.25リーニュ)のSellita SW 500である。石数は25石、振動数は28,800vph (4Hz)。これはテンプが1秒間に8回振動する速さで、外乱に対する安定と適度な精度を両立する標準的な値である。
クロノグラフ機構は、コラムホイール式ではなくカム式を採る。カムの回転で各レバーを制御する方式で、構造が堅牢で量産に適し、7750系の特徴とされる。文字盤は9時位置にスモールセコンド、12時位置に30分積算計、6時位置に12時間積算計を置く6-9-12レイアウトで、3時位置に日付と曜日を備える。中央のクロノグラフ秒針はストップセコンドを持ち、スモールセコンドにもハック機構(秒停止)が働く。
2. 啄木鳥首緩急装置の構造
啄木鳥首緩急装置は、微調整ねじ、緩急針、対圧ばね、固定ねじから構成される。微調整ねじを回すと緩急針が動き、ヒゲゼンマイ(テンプを往復させる渦巻ばね)の有効長が伸縮して歩度が変わる。
要は、啄木鳥の首を思わせる対圧ばねの働きにある。ばねは緩急針の半円状の窪みにかみ合い、緩急針を微調整ねじへ横方向に押すと同時に、テンプ受けへ下方向にも押さえつける。これにより、衝撃を受けても緩急針が跳ね上がらず、調整位置とテンプ軸を保つ。調整後は固定ねじで微調整ねじの回転を止める。白鳥首緩急装置を実用本位に発展させた機構である。
3. グラスヒュッテの様式 — 4分の3受けと仕上げ
受け板には、グラスヒュッテ伝統の4分の3受け(輪列の大半を一枚の受けで覆う板)を用いる。ミューレは2008年にこの受けを新設計し、「MU 94-」の名を持つムーブメントに採用した。輪列を一体の受けで支えることで剛性が高まる。
回転錘には、ロゴをあしらった独自のミューレ・ローターを備える。表面仕上げは、放射状のグラスヒュッテ・ソラリゼーション、円形のペルラージュ、そしてブルースチールのねじで構成される。サファイアクリスタルの裏蓋を通して、これらの仕上げを観賞できる。
4. パワーリザーブと調整、堅牢性
香箱(ぜんまいを収める部品)まわりの作り込みにより、現行仕様のパワーリザーブは62時間に達する。初期の個体やWatchBase等の一部資料では48時間と記され、これはSW 500母体の世代差を反映する。
歩度は、ミューレが自社で日差0/+8秒に調整する。クロノメーター認定ではないが、実用域で安定した精度を狙う。日付と曜日は早送り修正に対応する。総じてMU 9413は、汎用クロノグラフの堅牢な土台に、衝撃に強い緩急装置とグラスヒュッテの仕上げを重ねた、実用本位の改修キャリバーである。