03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
開発の背景
2023年、ロレックスはドレスウォッチのチェリーニ・コレクションを終了し、後継としてパーペチュアル 1908を発表した。その心臓部として新たに開発されたのがCal.7140である。2014年に刷新されたチェリーニは、Cal.3135から派生したCal.3132などの31xx系を搭載していた。裏蓋はソリッドで、パワーリザーブは約48時間である。
1908は、ロレックスの現行ラインでは数少ないシースルーバックを備える。新しいムーブメントには、性能に加えて見られることを前提とした設計が求められた。同年にはプラチナ製デイトナもサファイアの裏蓋を採用している。2023年は、ロレックスがムーブメントを見せる方向へ踏み出した年として語られることが多い。
技術の集約と5件の特許
Cal.7140は完全な新設計でありながら、中核技術の多くは既存の成果を受け継ぐ。シリコン製のシロキシ・ヒゲゼンマイは、2014年にCal.2236で導入された技術である。クロナジー・エスケープメントも、2015年にCal.3255で初搭載された。本機はこの二つを、新しい薄型の地板に統合した。ロレックスはシロキシを、小径・中径や薄型のモデル向けに設計したと説明する。ドレスウォッチ用という本機の性格と符合する選択である。
本機では5件の特許が出願された。ただし個々の特許の内容は、公式資料では詳述されていない。もう一つの新機軸は、仕上げそのものを設計要件に含めた点にある。実用性能を軸にムーブメントを語ってきたロレックスにとって、鑑賞される裏側を前提とした装飾は新しい領域であった。
71xx系への展開
Cal.7140は1908専用のキャリバーとして登場したが、その設計は次の世代の土台となった。2025年、ロレックスはランドドゥエラーに、同じ71xx系のCal.7135を搭載した。7135は脱進機をシリコン製のダイナパルス・エスケープメント(Dynapulse)へ置き換えた。振動数を36,000vph (5Hz)へ高めつつ、パワーリザーブは7140と同じ約66時間を維持している。
2026年9月には、7135を基にした年次カレンダー搭載のCal.7190が、パーペチュアル パデローネとともに発表された。30日と31日の月を判別するハプロス(Haplos)機構を加え、パーペチュアル・コレクションに複雑機構をもたらした。こうしてCal.7140は、32xx系とは別系統の薄型キャリバー群、71xx系の起点となった。
業界での位置
薄型のドレスウォッチ用ムーブメントでは、厚みを抑えるために手巻やマイクロローターを採る設計も少なくない。Cal.7140はセンターローターによる両方向巻上げを維持した。ロレックスが1931年に確立したパーペチュアル・ローターの系譜に連なる設計である。
調速機構でも、ヒゲゼンマイや脱進機にシリコン部品を採る例が各社に広がっている。7140はヒゲゼンマイにシリコンを用いながら、脱進機にはスイス・レバー式を発展させたクロナジーを残した。同系統の7135は、脱進機までシリコン製の新方式へ移行した。それを踏まえると、7140はロレックスの従来型の調速技術と次世代の設計とを結ぶ位置にある。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
基本構成と振動数
Cal.7140は、時・分をセンターの2針で、秒を6時位置のスモールセコンドで表示する自動巻ムーブメントである。石数は38石、振動数は28,800vph (4Hz)。4Hzは、テンプ(時計の調速を担う往復回転体)が1秒間に8回振動する設定を意味し、秒針は1秒を8ステップで刻む。振動数が高いほど衝撃などの外乱の影響は平均化されやすく、4Hzは現代の機械式時計で標準的な値である。竜頭を引くと秒針が止まるハック機能を備え、秒単位の時刻合わせに対応する。
クロナジー・エスケープメント
脱進機は、香箱の力を一定の間隔で解放し、テンプへ伝える機構である。本機はロレックスが特許を持つクロナジー・エスケープメント(Chronergy)を採用する。スイス・レバー式を基に、ガンギ車とアンクルの幾何形状を見直したものである。ガンギ車は肉抜きによって軽量化され、慣性モーメント(回転の変化しにくさ)が小さい。ロレックスは2015年の発表時、一連の改良で脱進機の効率が約15%高まったと説明した。
ガンギ車とアンクルはニッケル・リン合金製で、微細部品の電鋳技術であるLIGAで成形される。この素材は常磁性で、強い磁界にさらされても帯磁しにくい。
シロキシ・ヒゲゼンマイと可変慣性テンプ
調速機構の中心は、ロレックスが自社で製造するシリコン製のシロキシ・ヒゲゼンマイ(Syloxi)である。シリコンは軽量で、磁気の影響を受けない。特許を取得した独自の形状により、どの姿勢でも安定した歩度を保つとロレックスは説明する。
テンプは可変慣性式で、テンプ輪に配された金製のマイクロステラ・ナットを回し、慣性モーメントを変えて歩度を調整する。緩急針を用いないため、衝撃で調整位置がずれる懸念が小さい。テンプは両端を支えるトラバーシング・ブリッジで保持される。さらにパラフレックス耐震装置(Paraflex)が、テンプとガンギ車を衝撃から守る。
自動巻機構とパワーリザーブ
巻上げは、パーペチュアル・ローターによる両方向巻上げ式である。回転錘は18Kイエローゴールド製の3本アームの透かし仕様で、最適化されたボールベアリングで支持される。比重の大きい金は、限られた厚みのなかで回転錘に質量を持たせやすい素材である。手巻にも対応する。
パワーリザーブは約66時間で、ロレックスはこれを香箱の設計と脱進機の効率によるものと説明している。32xx系の約70時間とは前提となる寸法が異なる。薄型の構成で3日近い駆動時間を確保した点が、本機の設計の要点である。
仕上げとシースルーバック
ブリッジには、ロレックス独自のコート・ド・ジュネーブ(Côtes de Genève)が施される。伝統的な縞模様の帯と帯の間に、細い鏡面の溝を加えた意匠である。ブリッジの縁はダイヤモンドカットで面取りされる。ブリッジには「Superlative Adjusted」、回転錘には「Chronometer Perpetual」の刻印が入る。これらの意匠は、サファイアクリスタルの裏蓋を通して視認できる。
認定と耐磁性
認定はロレックス独自のスーペラティブ・クロノメーター(Superlative Chronometer)である。2015年に再定義された同認定は、ケーシング後の完成品で日差-2/+2秒の精度を検証する。防水性、自動巻、パワーリザーブも併せて確認される。2026年には耐磁性、信頼性、耐久性の3基準が加わり、設計・製造の段階で検証される。耐磁性の基盤は、シリコン製のヒゲゼンマイとニッケル・リン合金製の脱進機である。いずれも磁界の影響を受けにくい素材から成る。