03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 4Hzを守ってきたロレックス
ロレックスは長く、28,800vph (4Hz)を自動巻きの標準としてきた。1988年のデイトナ用Cal. 4030は、36,000vph (5Hz)のゼニス・エル・プリメロを基礎としつつ、28,800vphへ下げて搭載された。高振動は精度の安定に有利な反面、消費エネルギーと摩耗の増大を伴うためと解釈されることが多い。
脱進機はゼンマイの力を一定の間隔でテンプ(時間の基準となる振動子)へ渡す機構で、現在の主流はスイスレバー式である。2015年にCal. 3255で導入したクロナジー・エスケープメント(Chronergy)は、その形状を見直して効率を約15%高めた。ただし4Hzの枠組みは維持された。
土台となったのは、2023年にパーペチュアル 1908へ搭載されたCal. 7140である。中央の両方向巻き上げローターと単一香箱による薄型設計で、4Hzながら約66時間を実現した。ロレックスはCal. 7135を、この7140の発展型と位置づけている。
2. 同じ空間、同じエネルギーで5Hzへ
開発の目標は、5Hzへ移行しつつ、クロナジー搭載機と同等の消費エネルギーと占有空間に収めることにあったとされる。そのために開発されたのが新脱進機「ダイナパルス エスケープメント(Dynapulse)」である。ロレックスによれば約10年の研究開発を要し、脱進機単体で7件の特許が出願された。ランドドゥエラー関連の特許・特許出願32件のうち18件は本作専用で、うち16件がムーブメントに関わる。
ムーブメント部門を率いるフランク・ヴェルネ(Frank Vernay)によれば、作業の多くはガンギ車(脱進機の歯車)とインパルス・ロッカーを、シリコンで製造できる形へ単純化することに費やされた。同じ空間への収納や、微小なシリコン部品の製造と事前組立も課題だったという。
発表に先立ち、2枚のガンギ車を持つ脱進機の特許出願(欧州 EP4492153A1)が公開され、ナチュラル脱進機の再解釈との観測も出た。だがダイナパルスは、ガンギ車の力をレバー経由でテンプへ伝える間接衝撃式で、直接衝撃を前提とするナチュラル脱進機とは区別される。特許の実施例とも完全には一致しないとされる。
3. 7100系への展開
2026年9月発表のパーペチュアル パデローネ(Ref. 53505/53506)は、Cal. 7190を搭載する。7135の調速機構を受け継いで5Hzと約66時間を保ち、追加部品2点で成立する年次カレンダー機構「ハプロス(Haplos)」を組み込んだ。7100系は、薄型の7140、高振動の7135、複雑機構の7190へと枝を広げつつある。
4. 二重ガンギ車と高振動の系譜
2枚のガンギ車を用いる発想は、18世紀末にアブラアン-ルイ・ブレゲが考案したナチュラル脱進機にさかのぼる。近年は独立系工房が少量生産で取り組んできた。ユリス・ナルダンは「フリーク」のデュアル・ユリス脱進機で、2枚のガンギ車とレバーの構成を製品化している。グランドセイコーはCal. 9SA5(2020年)で、直接衝撃と間接衝撃を併用するデュアルインパルス脱進機により5Hzと80時間を実現した。
各社の解は効率化という方向を共有しつつ、構造を異にする。7135の特徴は、その解をシリコン部品の量産と事前組立を前提に設計し、シリーズ生産の時計に組み込んだ点にある。5Hzの量産機は1960年代後半から存在するが、ロレックスが自社製キャリバーでこの領域に入ったのは7135が初めてである。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
5Hzの意味
振動数36,000vph (5Hz)は、テンプが1秒間に5往復、つまり10回振動することを意味する。秒針は1/10秒刻みで進み、ロレックスは時間を10分の1秒単位で計測できると説明する。振動数は、ヒゲゼンマイの弾性とテンワの慣性モーメントの比で決まる。慣性を保ったまま振動数を上げるにはヒゲゼンマイを硬くする必要があり、7135ではシロキシ・ヘアスプリングの巻線を太くして剛性を高めた。振動が速いほど腕の動きや衝撃による乱れの影響は相対的に小さく、着用中の歩度が安定しやすい。その代償が消費エネルギーの増加であり、これを吸収するのが脱進機の効率である。
ダイナパルス エスケープメント
ダイナパルスはインパルス・ロッカー、2枚のガンギ車、伝達車で構成され、いずれもシリコン製である。部品は深掘り反応性イオンエッチング(DRIE)で成形される。
輪列に直結するのは片方のガンギ車だけで、もう一方はかみ合いによって逆方向に回される。各ガンギ車は鉤状の歯を6枚持ち、歯の間には相手車とかみ合うC字形の切り欠きが並ぶ。2枚は30°ずれて配置され、テンプの1往復ごとに各車が60°進む。5Hzでは毎分約50回転に達すると計算される。
インパルス・ロッカーは、ガンギ車を止めるロッキングと、テンプへ力を渡すインパルスの両方を担う。要点は、ロッカーを止めていた車が、解除後にそのまま衝撃を与えることにある。休止側の車は相手車に押され、常に張力を受けた状態で待機する。このため左右どちらの車からも同等の衝撃が得られ、二重ガンギ車方式の課題だった歯のガタによる不揃いを抑えていると分析される。歯先は研磨され、衝撃面は凸形状で、滑りではなく転がりに近い接触で力を伝える。ロレックスによれば、効率は従来のスイスレバー脱進機より約30%高い。
一般的な脱進機が備える安全機構(剣先とローラー)は見当たらない。ロッキング面のV字形の窪みが同等の役割を担うと分析されている。潤滑はナノリットル単位の油を曲がった精密針で注す方式である。脱進機は単体で組立・注油・検査を経てから、ムーブメントへ組み込まれる。
振動子の素材
ヒゲゼンマイは自社製のシリコン製シロキシで、温度変化と磁気の影響を受けにくい。2点で固定する特許形状により、姿勢による歩度差を抑える。テンワには鉄やニッケルを含まない最適化真鍮を採用した。特許出願(欧州 EP4399575A1)の記述から、無鉛黄銅CuZn21Si3Pとの推定がある。緩急針を持たないフリースプラング方式で、慣性は金製のマイクロステラ・ナットで調整する。
テン真(テンワの回転軸、バランススタッフ)はロレックス独自のハイテクセラミック製で、同社として初めてレーザーで成形された。軸端はレーザーで鏡面に研磨され、摩擦を抑える。両端には最適化されたパラフレックス ショック・アブソーバを配し、高さ調整可能な両持ちのテンプ受けが振動子を支える。シリコン、セラミック、真鍮という素材構成により、軟鉄製インナーケースに頼らず耐磁性を確保する設計と考えられる。ただしロレックスは具体的な耐磁数値を公表していない。
輪列・香箱・巻き上げ
基本構造は7140を踏襲し、中央の両方向巻き上げパーペチュアル・ローター(肉抜きしたイエローゴールド製)と単一香箱を備える。輪列の末端にはシリコン製の伝達車が加わり、ダイナパルスへ力を送る。約66時間のパワーリザーブは、香箱の構造と脱進機の効率によるとロレックスは説明する。厚さは約4.68mmとされ、Cal. 3235の約6mmより薄い。機能は中央の時・分・秒、早送り可能な瞬時日付、秒針停止である。
仕上げと認定
ブリッジには、帯の間に細い研磨溝を加えたロレックス コート・ド・ジュネーブが施される。一部の石には金色のシャトンが添えられる。ローターには「Chronometer Perpetual」、ブリッジには「Superlative Adjusted」の刻印が入る。ムーブメントはまずCOSC認定を受ける。ケーシング後には日差-2/+2秒以内を条件とする社内試験を経て、高精度クロノメーター(Superlative Chronometer)となる。2026年からは同認定に、耐磁性、信頼性、持続可能性の3基準が加えられた。