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BRAND · CH · EST. 1894

Universal Geneve

ユニバーサル・ジュネーブ

クロノグラフの名門にして極薄自動巻きの先駆。「時計の仕立屋」と呼ばれ、長い休眠を経て甦ったスイスの老舗

COUNTRY
CH
FOUNDED
1894
HEADQUARTERS
スイス ジュネーブ
GROUP
ブライトリング(Breitling SA)
FOUNDERS
ヌマ=エミール・デコンブ、ユリス=ジョルジュ・ペレ
01 — OVERVIEW

概要

ユニバーサル・ジュネーブは、1894年にスイス・ル・ロックルで創業した時計ブランドである。コンパックスに代表されるクロノグラフと、巻き上げ用のローターをムーブメントの内部に収めて薄さを追求したマイクロローターで20世紀の時計史に名を刻み、「時計の仕立屋」と称された。クォーツ危機の後は長い休眠状態に置かれたが、2023年にブライトリングが取得し、2026年に本格的な復活を遂げた。ジェラルド・ジェンタが手がけたポールルーター、各国の要人が愛用したと伝わるトリ・コンパックス。その物語は、いまなお収集家を惹きつける。

02 — PHILOSOPHY

設計思想

What this house values
「薄く、整え、仕立てる」

ユニバーサル・ジュネーブを貫くのは、「薄く、整え、仕立てる」という姿勢である。

機構の面では、自社で設計・製造する一貫体制を早くから備え、クロノグラフと薄型自動巻きの二つを軸に据えた。とりわけ巻き上げ用のローターを地板と同じ層に組み込むマイクロローター(回転錘を機械の中に沈め、全体の厚みを抑える構造)は、同社の技術的性格を象徴する。ローレックスが防水と堅牢、汎用性を一貫して追求したのに対し、ユニバーサル・ジュネーブが追ったのは薄さと収まりの良さであった。

意匠の面では、装飾を足すよりも削ぎ落とす方向を選んだ。十字線を引いた文字盤、ねじれたラグ、過不足のない針。クロノグラフの賑やかさと、ドレスウォッチの静けさを行き来しながらも、視認性と均衡を崩さない節度がある。「時計の仕立屋(Le Couturier de la Montre)」という後年の標語は、注文服のように身体と時代に合わせて整える姿勢をよく表している。パテック フィリップが伝統と複雑機構の継承に重きを置いたとすれば、ユニバーサル・ジュネーブは着る人の輪郭に寄り添う仕立てを重んじた。

商業の面では、自社製造の名門でありながら、過剰な自己演出や大量生産には傾かなかった。結果として、強固な販売網や象徴的な一本に資源を集中する道は選ばれず、その慎重さは品質を支えた一方で、クォーツ危機の荒波に対しては脆さともなった。何を作らないかという選択が、この会社の輪郭を形づくっている。

03 — STORY

物語

A narrative of the house

01創業——ル・ロックルからジュネーブへ

1894年1月18日、スイスの時計の町ル・ロックルで、ヌマ=エミール・デコンブとユリス=ジョルジュ・ペレの二人が会社を興した。当初の商号はデコンブ&ペレ。ケースや文字盤、ムーブメントを手がける小さな工房であったが、創業の年には24時間表示の特許を取得している。

1897年、デコンブが34歳で急逝する。ペレは商才に長けた若い時計師ルイ・ベルトゥを共同経営者に迎え、複雑機構の開発に軸足を移した。翌1898年には30分計を備えたクロノグラフ「ユニバーサル・ウォッチ・エクストラ」を発表する。1919年、二人はジュネーブへ本拠を移し、ほどなく一等地のローヌ通りに居を構えた。時計の都の名声と、若いブランドの歩みがここで結びつく。

02クロノグラフの名門として

1933年、ユリス=ジョルジュの子ラオール・ペレが経営を継ぐ。芸術と建築を愛したこの人物の構想が、以後40年の方向を定めた。同年には、蝶番でケースを折り返して風防を守る反転式の「カブリオレ(イデオ)」が特許を得ている。

1934年、二つのボタンとコラムホイールを備えたクロノグラフ「コンプール」を発表する。独立した二プッシャーのクロノグラフは、同時期のブライトリングと並行して確立された機構であり、双方が先駆を主張する領域である。1936年、社名を正式にユニバーサル・ジュネーブとし、時計の柱となる「コンパックス」を世に問うた。医療用のメディコ、航空用のアエロ、そして1944年の三つ目とフルカレンダーを備えた「トリ・コンパックス」——後に「ル・グロリュー(栄光の一本)」と呼ばれる傑作が、この系譜から生まれる。第二次大戦下で需要が高まると、1941年にはレ・ポン=ド=マルテルに最新鋭の工場を稼働させた。戦中、同社のクロノグラフは欧州各国の軍に供給され、1939年にはオランダ王室の御用達となっている。

03ポールルーターとマイクロローター

1954年、23歳のジェラルド・ジェンタが手がけた「ポールルーター」が登場する。スカンジナビア航空(SAS)が北極上空を越えてコペンハーゲンとロサンゼルスを結んだ歴史的飛行を記念し、磁気に強い設計が与えられた。後に多くの名作を生むジェンタにとって、これが最初の大きな仕事であったと伝わる。

ポールルーターは、ほどなくマイクロローターを積んだ薄型機Cal.215へと進化する。もっとも、この機構の特許をめぐっては、独自に同様の構造へ到達していたビューレン社との係争が生じた。両社はそれぞれ独立に発明したと見られ、和解の末、1958年2月にジュネーブで共同発表に至っている。ユニバーサル・ジュネーブは特許係争の間、ムーブメントに「特許出願中」と刻む扱いを受けたが、「Microtor」の名は同社の象徴として残った。1956年には、ジュネーブ近郊カルージュにモダニズム建築の新工場を開いている。

04極薄の頂点、そして方針転換期へ

1960年代、同社はコンパックスをスポーティに作り替え、時代の気分に応えた。パンダ文字盤の「ニナ・リント」コンパックスや、「クラプトン」と呼ばれるトリ・コンパックスが、この時期の象徴となる。1966年には、厚さ2.5mmの極薄自動巻きCal.66を発表し、ホワイト・シャドウやゴールデン・シャドウに搭載した。同社はこれを世界最薄と謳っている。

1970年には「時計の仕立屋」を標語に掲げ、デザイナーのロベルタ・ディ・カメリーノと組んで婦人物を発表する。1975年には厚さ3.45mmのクォーツ機Cal.74を世に出した。だが、安価な電子式時計が市場を覆う中で、同社の業績は落ち込んでいく。

05休眠から復活へ

1989年、香港のステルックス・グループがユニバーサル・ジュネーブを取得する。創業100年を記念したプラチナの反転式「ヤヌス」などが作られたが、ブランドは長い停滞の時期に入り、生産はやがて細っていった。

転機は2023年に訪れる。ブライトリング——その背後にはパートナーズ・グループとCVCキャピタル・パートナーズがいる——がユニバーサル・ジュネーブを取得し、復活を宣言した。2024年にはSASの飛行70周年を祝う記念モデルが、往年のマイクロローターCal.1-69(毎時18,000振動・2.5Hz、約57時間のパワーリザーブ)を載せて披露された。2025年にはニナ・リントへのオマージュが続き、2026年、ジュネーブ拠点の同社はウォッチズ&ワンダーズで本格的な復活を果たす。ポールルーターやコンパックス、カブリオレが、新設計のマイクロローターCal.UG-110などとともに甦った。指揮を執るのは、CEOジョルジュ・ケルンと、ロジェ・デュブイから移ったマネージング・ディレクターのグレゴリー・ブリュタンである。

04 — HISTORY

歴史

A factual chronology

ユニバーサル・ジュネーブの歩みは、1894年1月18日、ル・ロックルでのデコンブ&ペレの創業に始まる。創業年に24時間表示の特許を取得し、1897年のデコンブ急逝の後はルイ・ベルトゥが加わって複雑機構へ傾注した。1898年に30分計付きクロノグラフを発表し、1919年にはジュネーブのローヌ通りへ本拠を移している。

1925年には自動巻き機構「オート=レム」で二件の国際特許を得た。1933年、ラオール・ペレが経営を継ぎ、同年に反転式の「カブリオレ」を特許化する。1934年に二プッシャーのクロノグラフ「コンプール」、1936年の社名変更とともに「コンパックス」、続いてウニ・コンパックスやアエロ・コンパックス、そして1944年に「トリ・コンパックス」が加わった。1939年にはオランダ王室御用達となり、1941年にレ・ポン=ド=マルテルの工場を稼働させている。最新設備を備えたこの拠点が、戦中戦後のクロノグラフ生産を支えた。

1954年、ジェラルド・ジェンタによるポールルーターが登場した。これを支えたマイクロローターのCal.215は、特許をめぐってビューレン社と係争となり、1958年の共同発表で決着を見た。1956年にカルージュの新工場を開設。1960年代にはコンパックスをスポーツ仕様へと刷新し、後に「ニナ・リント」「クラプトン」と呼ばれる名品を生んだ。1966年には極薄自動巻きCal.66を発表し、シャドウ各機に搭載した。1970年に「時計の仕立屋」を標語に掲げ、1975年には薄型クォーツのCal.74を投入したが、クォーツ危機のなかで業績は落ち込んだ。

1989年、香港のステルックスがブランドを取得し、復刻的なモデルを手がけた。その後の長い停滞を経て、2023年にブライトリング(出資はパートナーズ・グループとCVC)が取得を発表。2024年と2025年に記念モデルを示したのち、2026年にジュネーブを拠点として本格的に再始動した。

05 — SERIES OVERVIEW

シリーズ概観

How the series relate

コンパックスは、ユニバーサル・ジュネーブを語るうえで欠かせないクロノグラフの系譜である。基本のコンパックスから、医療用のメディコ、航空用のアエロ、二つ目のウニ、そして三つ目とフルカレンダーを備えたトリ・コンパックスへと枝分かれした。なかでもトリ・コンパックスは「ル・グロリュー」と称され、同社の頂点を示す一本とされる。フルカレンダーとムーンフェイズを組み合わせたCal.281など、自社と協力工房マルテルが磨いた機構が、この系譜を支えた。

ポールルーターは、ジェラルド・ジェンタの最初の代表作にして、同社の顔である。SASの北極航路に由来する物語性と、ねじれたラグや十字線文字盤の意匠、そしてマイクロローターという機構が一つに溶け合っている。日付付きやジェット、ダイバー仕様のサブなど、派生も多い。

シャドウは、極薄自動巻きCal.66を載せた1960年代の系列で、ゴールデン・シャドウやホワイト・シャドウが知られる。厚さ2.5mmという薄さの追求を、もっとも純粋に体現したシリーズといえる。反転式ケースのカブリオレは、1933年の意匠を源とし、蝶番で風防を守る独創を今に伝える。装いと機構の両面で、同社の遊び心と技術が交わる一群である。

2026年の復活では、ポールルーター、コンパックス、カブリオレが現代の解釈で再構成され、ディスコ・ミニやクチュールといった新たな系列も加わった。いずれも各シリーズの詳細ページで個別に取り上げる。

06 — SERIES

代表シリーズ

Lineages of one house
全4シリーズを見る →
07 — CALIBERS キャリバー一覧 →

主要キャリバー

Movements of the house
08 — CULTURAL

文化との接点

Where this house meets the wider world

ユニバーサル・ジュネーブは、文化との接点を意図して結んだ事例と、結果として象徴になった事例の双方を持つ。前者の代表が、スカンジナビア航空の北極横断飛行に合わせて作られたポールルーターである。

一方、後者は人の手首を通じて広まった。1967年、ギタリストのエリック・クラプトンがパンダ文字盤のトリ・コンパックス(Ref. 881101)を着け、この一群は後に「クラプトン」と呼ばれるようになる。F1ドライバー、ヨッヘン・リントの妻ニナが愛用したコンパックスは「ニナ・リント」の名で知られる。また、アメリカ大統領ハリー・トルーマンが1945年のポツダム会談でトリ・コンパックスを着けていたと伝わる。クロノグラフの名門という評価は、こうした人々の選択を通じて形づくられてきた。

— SOURCES

出典

本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。

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