系譜と歴史
1. マイクロローターという原点
物語は1954年にさかのぼる。ユニバーサル・ジュネーブは、北極上空を横断するスカンジナビア航空の運航を記念し、当時まだ20代だったジェラルド・ジェンタにデザインを託した。こうして生まれたのがポールルーターである。初期の個体は138SSと呼ばれるバンパー式自動巻を積んでいたが、1958年、同社は新機構マイクロローターを搭載したCal.215を投入する。
マイクロローターは、機械の上に載せる従来の中央ローターを廃し、巻き上げ用の偏心錘を地板と同じ平面に埋め込む発想であった。これにより自動巻の厚みは大きく減り、極薄の腕時計が可能となる。同社はこの機構を1955年5月に出願した。だが、ほぼ同時期にビューレンも同種の機構を手がけていた。考案の先後をめぐる係争を経て、特許の登録は1958年までずれ込んだとされる。1966年のバーゼル・フェアで発表された厚さ2.5mmのCal.66がゴールデン・シャドウに搭載され、極薄自動巻の一つの到達点を示した。
2. 休眠からの復活
クォーツ・ショックと、1989年以降の香港ステルックス傘下での長い静寂を経て、ブランドは表舞台から姿を消していた。転機は2023年12月、ブライトリングが香港のステルックスからユニバーサル・ジュネーブを取得したことにある。ブライトリングにとって初の大型買収であり、独立したメゾンとして運営する方針が示された。
そして2026年4月、ブランドは正式に再始動する。ポールルーター、コンパックス、ディスコ・ボランテ、カブリオレ、ディオラミックといった史料に根ざす一群が、いずれも新開発の自社製キャリバーを得て世に問われた。「時計の仕立屋」と称された往年の矜持を、マニュファクチュールとして再び体現する宣言であった。
3. 現代に甦ったマイクロローター
この復活の中核に据えられたのがUG-110である。なぜ再びマイクロローターなのか。一つにはブランドの技術的アイデンティティとの連続性があり、もう一つには、3.8mmという薄さが往年のドレスウォッチの佇まいを支えるからである。28,800vph (4Hz)、ツインバレルによる約72時間の駆動という諸元は、歴史的な構造に現代の実用性を接ぐ試みといえる。
機構はクロノグラフ用のUG-200と並ぶ基幹系列を成し、時・分・秒・日付や、本稿が扱う時・分・日付(HMD)など、複数の表示構成で展開される。極薄自動巻はピアジェやブルガリなど他社も追求してきた領域だが、偏心ローターを意匠の見せ場とする姿勢に、同社固有の設計思想が表れている。