北極ルートが生んだ依頼
1954年11月、スカンジナビア航空(SAS)はコペンハーゲンとロサンゼルスを北極上空で結ぶ定期便を開いた。従来のルートを2,600km短縮する画期的な航路だったが、極地特有の強い地磁気が、航法計器と乗務員の腕時計を狂わせる問題を抱えていた。
SASは、磁気に強い時計づくりで知られたユニバーサル・ジュネーブに、この飛行を象徴する記念モデルを依頼する。設計を任されたのは、当時23歳のジェラルド・ジェンタであった。のちにロイヤルオークやノーチラスを生む彼にとって、これが最初の本格的な仕事となる。完成したモデルは就航にちなみ「ポラルーター(Polarouter)」と名づけられ、初期の個体は乗務員へ贈られたと伝わる。