設計思想
1. 薄さの記録から、日常の1本へ
2017年に登場したオクト フィニッシモ オートマティックは、自動巻きとして当時最薄の総厚5.15mmを掲げた。起点はチタンのRef. 102713で、以後は素材や文字盤を替えた派生が重ねられていく。ただし防水は30mにとどまり、ケースはサンドブラストによる均一なマット面で覆われていた。薄さを主題とする時計として、その禁欲的な表情は一貫していたのである。
一方、ケースとブレスレットを一体に設計した高級スポーツウォッチは、2010年代末に大きな人気を集めていた。オクトは八角形の輪郭でその系譜に連なりながら、水辺での実用には備えていなかった。103297は、この隙間に向けて仕立てられた仕様である。
2. 変えたものと、変えなかったもの
103297がまず変えたのは仕上げである。全面のサンドブラストをやめ、平面のサテンと稜線のポリッシュを切り分けた。次に防水を100mへ引き上げた。ねじ込み式のリューズを採り、その代わりに総厚は6.40mmへ増している。製品名に「100m」を掲げた資料もあり、防水の向上はこの仕様の看板とされる。
変えなかったのは、40mmの八角形という骨格と、搭載するCal.BVL 138である。薄さの記録を支えた機械には手を付けず、外装だけを日常の側へ寄せた。記録を更新するための仕様ではなく、記録を日々の装用へ引き渡すための仕様と読める。
3. スティール系統の起点として
発表直後から、103297は専門誌の評価を集めた。Monochrome Watchesは、LVMHウォッチウィークの総括で本機を3本の筆頭に挙げた。Time+Tideも、同年のスティール製スポーツウォッチの本命と評している。宝飾メゾンの薄型時計が、スポーツウォッチの文脈で語られた場面である。
その後のスティール版は、103297を起点に色を替えて広がった。青や銀の文字盤が順に加わり、専門誌はこの系統をオクト フィニッシモ Sと呼ぶようになる。103297はその最初の1本にあたる。同時に発表された18Kローズゴールドの103286を含め、仕上げと防水の刷新は2020年の一群に共通する主題であった。
意匠分析
103297の設計は、先行するサンドブラスト仕様からの「仕上げ」と「防水」の作り替えに集約される。
ケースは40mm径の八角形で、骨格は先行仕様を引き継ぐ。変わったのは表面である。均一なマット面に代え、平面にはサテン(筋目)、稜線と側面には鏡面のポリッシュを施した。面ごとに光の返り方が変わり、多層の段差がそのまま輪郭として浮かぶ。デザインを統括するファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニは、最も難しかったのはベゼルだったと語っている。円形部にはサンレイ仕上げを、八角形部には鏡面を与え、両者の間に段差を設けなければ面が分かれて見えないという。70を超える面を持ち、積層して見えるケースは、実際には1つのスティールから作られている。
防水の向上を担うのはリューズである。ポリッシュ仕上げのスティール製リューズはねじ込み式に改められ、頂部にはセラミックのインサートを収める。総厚は公式値で6.40mmとなり、5.15mmのチタン仕様(Ref. 102713)から1.25mm増した。この増分が、ねじ込み機構と100m防水の代価である。
文字盤は黒で、ロジウム仕上げのアプライドインデックスを植える。針は多面カットのロジウム仕上げで、ダイヤモンド研磨を施すと伝えられた。偏心したスモールセコンドの配置は先行仕様と変わらない。なお、発表時の報道は光沢のある黒ラッカーと伝えたが、現行の公式資料はマットな黒と記している。
ブレスレットはケースと一体に設計され、サテン仕上げのスティールで連なる。フォールディングクラスプはブレスの内側に収まり、厚みを加えない。
ムーブメントはCal.BVL 138で、プラチナ製マイクロローターで巻き上げる自社製の自動巻きである。振動数は毎時21,600振動 (3Hz)、パワーリザーブは60時間。透明な裏蓋からは、コート・ド・ジュネーブや面取りを施した受けが見える。外装を作り替えても、機械は先行仕様と同一である。
系譜と歴史
2020年1月、ブルガリはドバイで開かれたLVMHウォッチウィークで103297を発表した。同グループが初めて催した新作発表会で、オクト フィニッシモ オートマティックの新仕様として示されたものである。同時に、18Kローズゴールドに黒文字盤を合わせ、革ストラップで仕立てたRef. 103286も披露された。会場ではファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニが取材に応じ、ケースの仕上げの苦心を明かした。発表時の報道は総厚を5.25mmと伝えたが、現在の公式仕様は6.40mmである。数値が改められた経緯は、公式には説明されていない。
店頭への入荷は同年夏にずれ込み、パンデミックによる遅れと伝わる。7月にはブティックへの入荷が報じられ、8月には米国でのオンライン販売も告知された。この時点で、同じケースに青のラッカー文字盤を合わせたRef. 103431が加わっている。
2021年1月には、縦方向の筋目を入れた銀の単色文字盤を持つRef. 103464が登場した。103297に始まるスティール版としては、3つ目の文字盤仕様にあたる。
103297自体には、発表以降に確認できる仕様変更の記録はない。限定生産ではなく、2026年10月時点でもブルガリ公式サイトに掲載されている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Octo Finissimo Watch 103297 | Bulgari
- 02 公式 BVLGARI, Octo Finissimo Automatic | GPHG
- 03 専門メディア The New Monochrome Bvlgari Octo Finissimo S 103464 Brings Stainless Steel To The Dial
- 04 専門メディア The 3 Best Watches of the LVMH Watch Week (Bvlgari, Hublot and Zenith)
- 05 専門メディア Bulgari Introduces the Octo Finissimo Automatic Satin-Polished
- 06 専門メディア The Steel Bulgari Octo Finissimo has started to hit boutiques, game on
- 07 専門メディア Bulgari 103297 : Octo Finissimo 100m Stainless Steel / Black / Bracelet
- 08 専門メディア Edge of Tomorrow: Building the Bulgari Octo Finnissimo Collection
- 09 ブログ Bulgari Octo Finissimo Automatic Satin-Polished Steel 100m