設計思想
1. ジェンタの八角形を、ブルガリの顔に
2012年7月、LVMH傘下に入ったブルガリは、ローマで男性用時計の新しい柱を披露した。発表の口火を切ったのは、CEOのマイケル・バークである。Europa Starによれば、彼は創業家の出身ではない初のCEOで、就任から88日目であった。LVMHの時計・宝飾部門を率いたフランチェスコ・トラパーニは、新しいオクトを「ブランドの大使」と位置づけた。101964は、その役割を担って最初に送り出された2本のうちの1本である。
下敷きになったのは、2004年にジェラルド・ジェンタの名で出た八角形の時計であった。時計部門を率いたグイド・テレーニによれば、当時のジェラルド・ジェンタとダニエル・ロートは少量の複雑時計を作る存在だった。両社をブルガリに統合したとき、より多く作ることを決め、それがオクトになったという。
2. 足し算から引き算へ
それまでのオクトは、レトログラード表示を並べた文字盤や、ビス留めのベゼルを持つ複雑時計の器であった。新しいオクトはそれらを外し、時・分・秒と日付だけを残した。Watchonistaは、細部の過剰が円と四角と八角形の対比という本質を隠していたと評している。同誌の評者は、黒い文字盤との対比が際立つとしてスティール版を好んだ。白に近い鋼の面と黒い盤面の組み合わせは、引き算の成果をそのまま見せる。
同じ年、オーデマ ピゲはロイヤルオークの40周年に41mmケースの新作を出していた。Europa Starは両者の寸法が近いことに触れている。そのうえで、八角形をベゼルに置くロイヤルオークに対し、オクトはケースを八角形とし、ベゼルを円とした点を対比した。同じジェンタの系譜にありながら、八角形をどこに置くかで性格が分かれた。
3. 機械をめぐる過渡期
ケースと文字盤はグループ内で作られたが、機械は事情が異なる。BVL 193はブルガリの名を冠して発表されたものの、外部のムーブメントメーカーの機械を基にしていた。トラパーニ自身も発表の場で、自社製ムーブメントはまだ限られた量しか作れていないと認めている。生産はその年の後半から増え、翌年には大きく伸びる見通しだと述べた。101964は、外装の内製を先に整え、機械の内製を後から追いつかせる順序の、最初の段に位置すると読める。
その後、自社開発のBVL 191が実用ラインに広がっていく。一方、本機を含む41mm級の系統はBVL 193を積み続けた。二つの香箱を持つこの機械は、単一香箱のBVL 191より長い持続時間を備える。外部の機械を自社仕様に整えたものと、自社で起こしたものが、同じシリーズの中で並んだことになる。
4. 派生と、その先
トラパーニは発表時、色やブレスレット、ムーブメントの追加を予告していた。実際に本機の後には、ブレスレット仕様、ピンクゴールドに宝石をセットした仕様、DLCを施した黒い派生が続く。いずれも、本機が定めた八角形の外装と黒いラッカー文字盤を土台にしている。のちのオクト・フィニッシモは、同じ八角形を薄さの方向へ解釈し直した系統である。101964は、その分岐の手前にある、オクトの基準点である。
意匠分析
ケースは径41.5mm、厚さ10.55mm。八角形のミドルケースに円形のベゼルを載せ、その間に一段高い八角形の枠を挟む。外周の八角形とこの枠が、円いベゼルを内外から挟み込む構成である。面の数は110に及び、ポリッシュとサテンを手作業で交互に仕上げる。Watchonistaは、サテン仕上げのベゼルと鏡面の八角枠との対比を、この時計の力強さの源と見た。
2004年のジェラルド・ジェンタ名義のオクトと、基本の比率は共通する。そのうえでラグの処理を改め、腰高に見える印象を抑えたとされる。クロノス日本版は、側面に縦の筋目を入れて立体感を強めた点も挙げている。ケースは、のちにブルガリ・マニュファクチュールとなる旧フィンガー社で作られ、そのために多軸のCNC加工機を導入したと伝わる。
文字盤は黒のラッカーを磨き上げたもので、スティール仕様の本機にはファセットを立てたロジウム色の植字インデックスを置く。数字は12時と6時だけをアラビア数字とする。この配置を、デザインセンターを率いるファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニは「ブルガリのディテール」と語っている。インデックスの上面には筋目を入れ、光を拾いやすくしたとされる。3時位置には、半瞬時送りの日付窓を開ける。針に夜光は無い。Watchonistaはこれを夜間の不便として挙げつつ、磨かれた太い針がわずかな光を拾うとも記している。
発表時の仕様書では、リューズと裏蓋をねじ込み式とし、100m防水を確保する。ストラップは黒のアリゲーターで、スティールのフォールディングバックルで留める。
ムーブメントのBVL 193は、径25.60mm、厚さ3.70mmの11 1/2リーニュ自動巻である。片方向巻き上げのローターが、二つの香箱に50時間分の動力を蓄える。受けには渦状のスネイル仕上げとコート・ド・ジュネーブを重ね、地板には円形の粒模様を施す。ブルガリは発表時、この機械を自社のキャリバーとして示した。一方で専門誌は、ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエの機械を基にしたものと指摘している。基になったのはVMF 3000だとされる。
系譜と歴史
101964は、2012年7月にローマで発表された新しいオクトのうち、スティールケースの仕様である。会場は旧施療院のサント・スピリト・イン・サッシアであった。発表時のモデルはスティールと18Kピンクゴールドの2種のみである。どちらも黒いラッカー文字盤に、黒のアリゲーターストラップを合わせた。ピンクゴールド版はRef. 101963にあたる。発表時の名称は単に「オクト」であり、ソロテンポの副名は後年の資料で使われるようになったとされる。
翌2013年、同じ41.5mmケースにスティールのブレスレットを組み合わせた仕様が加わり、同年のGPHGにも出品された。WatchBaseはこれをRef. 102031として収録している。
2014年には、ブルガリが自社で開発したソロテンポ・キャリバーが38mmのオクトに載ったとされる。本機の機械は、発表時と同じBVL 193である。
2016年のバーゼルワールドでは、ブラックDLCを施した41mmのオクト・ソロテンポが示されたとされる。ベゼルを黒で統一したものと、ピンクゴールドとしたものの2種で、機械はやはりBVL 193であった。WatchBaseには、同じ機械を積む派生が並ぶ。オール・ブラックス(Ref. 102249)やウルトラネロ(Ref. 102581、102737)がその例である。本機は、こうした色違い・素材違いの起点の一つにあたる。
本機自体の仕様変更を記した公開資料は確認できない。のちにこの初代の系統は、オクト・ロリジナーレの名で呼ばれるようになったとされる。生産終了の時期を示す公式資料は見当たらず、現行カタログでの扱いも確かめられていない。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Bulgari, Octo
- 02 公式 Bulgari, Octo (The New Octo Steel)
- 03 専門メディア How the Bvlgari Octo Became Bvlgari's New Ambassador
- 04 専門メディア Baselworld 2016: Bulgari Octo Solotempo
- 05 専門メディア Bulgari Octo, the geometry of perfection
- 06 専門メディア Bulgari 101964 : Octo Solotempo 41 Black
- 07 専門メディア Bulgari caliber BVL 193
- 08 専門メディア Bulgari New Octo, full review
- 09 専門メディア Bulgari Octo Watch
- 10 ブログ BVL 193