物語
01二人の友情と、計器盤への執着
Bell & Rossの物語は、十代からの幼なじみであった二人のパリの大学生から始まる。一人は工業デザインを学ぶブルーノ・ベラミッシュ。彼は国立工業創造高等学院(ENSCI)で学び、工業計器そのものに強い関心を寄せていた。もう一人は経営学を専攻するカルロス・A・ロシロ。HECで学んだ彼は、ブランドという仕組みの構築に関心を持っていた。1992年、二人は大学院段階で、軍人や潜水士、爆発物処理員といったプロフェッショナルが現場で本当に必要とする道具としての時計を作る、という構想を共有する。「Bell」はベラミッシュから、「Ross」はロシロから。ロゴ中央のアンパサンドは、設計と経営、創造と実行という二つの能力の連合を象徴するものとなった。
02ジンとの蜜月
構想だけで時計は生まれない。スイスの時計産業に縁のなかった二人がたどり着いたのは、ドイツ・フランクフルトに本拠を置くジン(Sinn Spezialuhren)であった。当時ジンを率いていたヘルムート・ジン(Helmut Sinn)が、計器的な実用時計づくりの伝統を持っていたためである。ベラミッシュはジンで研修を経験し、2年の開発期間ののち、1994年に「Bell & Ross by Sinn」と銘打たれた最初の時計が世に出る。1995年、初めて参加したバーゼルワールドでブランドは小さな話題を呼んだ。1996年にはフランスの治安部隊GIGNの爆発物処理員向けに「Bomb Disposal Type」を、1997年には深度11,100メートルでの耐圧をうたう「Hydro Challenger(後のHydromax)」を発表し、専門家向けツールウォッチの作り手として認知を獲得していく。
03シャネルとの出会いと、ジンからの独立
1990年代後半、ニューヨークでの販売拠点が偶然にもシャネル本社の向かいにあったという縁から、両者の関係は始まったと伝わる。1998年、シャネルの時計部門はBell & Rossの少数株式を取得する。シャネルは1993年からスイス・ラ・ショー・ド・フォンのG&Fシャトラン社を傘下に置き、独自に時計製造能力を蓄えていた。Bell & Rossにとってこれは大きな転機となる。2000年には追加出資が行われ、2002年、ジンとの契約関係は終了する。以降、ブランドはシャトランの工房で自社製品を組み立てる体制に移行した。創業者二人は過半数の株式を保持し続け、独立性は維持された。
04BR 01という宣言
2002年からの数年間で、Bell & Rossはアイデンティティを再定義する作業に取り組んだ。その結論が2005年発表のBR 01である。46ミリの正方形のケースに丸い文字盤、四隅にビスが配された大胆な造形。設計のモチーフは1970年代の航空機コックピットの計器そのものであった。ベラミッシュはWittnauer、Lemania、Wakmannといった往年の機器メーカーの計器を参照し、装飾を一切排した工業的な美学を腕時計へと翻訳した。BR 01は腕時計業界に賛否両論を巻き起こしたが、視認性と象徴性において他に類を見ない一本として、瞬く間にブランドの代名詞となる。翌年以降、より装着性の高い42ミリのBR 03、ダイバーズのBR 02、シャネルのセラミック技術を活用したBR 02-92セラミックなどへと派生していった。
05軍との接近、そしてBR-X
2008年、フランス空軍参謀総長の要請を受け、Bell & Rossは空軍戦闘機パイロット向けの「BR 03 Type Aviation」を開発する。三社のコンペで選ばれた経緯を持つこのモデルは、ブランドが「実際の軍に選ばれる時計メーカー」であることを公的に裏付ける契機となった。一方で、2010年に再構築されたVintage BR 123/126シリーズや、2014年に始動したBR-X1ライン——その名は音速の壁を破った実験機Bell X-1への敬意である——により、Bell & Rossは単一のスクエア・インストゥルメントの作り手ではなく、複数のデザイン語彙を持つ多面的なブランドへと姿を変えていく。2016年のBR-X1 Chronograph Tourbillon Sapphire、2017年のBR-X2 Tourbillon Micro-Rotorといった意欲作は、ジュネーブのコンプリケーション専門会社MHCとの協業を通じて実現された。
06BR 05、そして次の章へ
2019年、Bell & Rossはブランド史上もっとも「都市的」なBR 05を発表する。一体型ブレスレットを持つ40ミリのラグジュアリー・スポーツ・ウォッチであり、BR 01からの「丸を四角で囲う」基本文法を残しながら、より日常に馴染む輪郭を獲得した。2021年にはフランス空軍のアクロバット飛行隊「パトルイユ・ド・フランス」と公式パートナーシップを締結し、毎年協業モデルを発表している。2023年にはBR 03を41ミリへとサイズダウンし、ムーブメントを54時間パワーリザーブのBR-CAL.302へと更新。2025年には創業以来初の本格的なマニュファクチュール・キャリバーBR-CAL.323を擁するBR-X3 Tourbillon Micro-Rotorを発表し、翌2026年にはトゥールビヨンを省いたMicro-Rotorモデルが続く。創業30年余りで、Bell & Rossは「コックピットを腕に」という一つの発想を、複数の時代と複数の様式へと展開し続けている。