03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 開発の背景
コンステレーションは1952年に誕生したオメガのクロノメーター・コレクションである。1982年には、キャロル・ディディシェイムのデザインによる「マンハッタン」が加わった。ケース両側の「クロー(爪)」と一体型ブレスレットを特徴とし、のちに女性向けラインの中核へと育っていく。
転機は2015年である。オメガはこの年、スイス連邦計量・認定局(METAS)の基準に基づくMaster Chronometer認定を、コンステレーション グローブマスターで導入した。以後、同社は認定の適用範囲を主力キャリバーへ段階的に広げていく。
ただし、女性向けの小径ケースには課題が残った。認定を受けた8800系・8900系は、より大きなケースを前提とした寸法を持つ。小径ケースに収まる機械式の選択肢として、2010年にはコーアクシャル搭載の女性向けキャリバーCal. 8520/8521が登場していた。しかし、15,000ガウス級の耐磁性能とMaster Chronometer認定を小径で両立するには、新たなキャリバーが必要だったと考えられる。Cal. 8700はその要請に応える位置にある。
2. 2018年、マンハッタン29mmでの初搭載
2018年秋、オメガは上海でコンステレーション マンハッタンの新作群を発表した。25mm・28mm・29mmの3サイズで100を超えるモデルが展開され、機械式の29mmにCal. 8700/8701が与えられた。小さい2サイズはクォーツのCal. 4061を搭載する。
29mmケースの裏蓋には、ドーム状のサファイアクリスタルが用いられた。ムーブメントの厚みをドームの曲面で吸収し、ケース全体を薄く見せるための設計とされる。自動巻ローターの回転を見せつつ、小径ケースの装着感を損なわない解決である。
3. 派生と展開
基本形のCal. 8700に対し、Cal. 8701はローターとテンプ受けをセドナゴールド製とした仕様である。主にツートーンや金無垢のモデルに組み合わされるとされる。さらにWatchBaseは、スモールセコンド表示を持つCal. 8705を8700ベースの派生として記録しており、コンステレーションの27mmモデルに搭載例がある。同じく27mmの時分秒・日付モデルにはCal. 8700が用いられている。
8700番台の展開は、現時点ではコンステレーションにほぼ限られる。汎用の基幹機として複数コレクションに広がった8800系とは異なり、特定コレクションの小径ケースに寄り添うキャリバーとして位置づけられる。
4. 業界での位置
30mm未満のケースに機械式を収める場合、業界では汎用の小型自動巻や、クォーツを選ぶ手法が長く一般的であった。Cal. 8700の設計思想は、男性向け基幹キャリバーと同じ認定基準と耐磁性能を、そのまま小径ケースに持ち込む点にある。専門メディアのMonochromeも、女性向け時計でこの水準の耐磁性能を持つ例は少ないと評している。小径であることを理由に機能を削らないという方針が、このキャリバーの輪郭を形づくっている。
04 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
脱進機:コーアクシャル・エスケープメント
Cal. 8700の中核は、英国の時計師ジョージ・ダニエルズが考案したコーアクシャル・エスケープメント(Co-Axial Escapement)である。脱進機とは、香箱から輪列を経て届く力を一定のリズムで区切り、テンプへ受け渡す機構を指す。一般的なスイスレバー脱進機では、ガンギ車の歯がアンクルの爪石の上を滑りながら力を伝える。そのため摺動摩擦が生じ、潤滑油の状態が精度を左右しやすい。
コーアクシャルは、同じ軸上に重ねた2段のガンギ車と、3つの爪石を持つアンクルで構成される。テンプへのインパルス(駆動力の受け渡し)を押し付けに近い形で行い、滑り接触を大きく減らす設計である。これにより注油への依存が下がり、長期にわたって精度が安定しやすいとされる。
テンプとヒゲゼンマイ
テンプ(往復回転して時間を刻む調速輪)は、緩急針を持たないフリースプラング方式を採る。歩度の調整は、テンプ輪に配した錘で慣性モーメントを変えて行う。ヒゲゼンマイ(テンプを往復させる渦巻状のばね)はシリコン製で、非磁性であることに加え、温度変化による特性の揺らぎも小さい。
振動数は25,200vph(3.5Hz)で、1秒間に7振動を刻む。多くの自動巻が採る28,800vph(4Hz)よりやや低い値だが、オメガは8500系以降の多くの自社キャリバーでこの振動数を採用している。振動数を抑えることは、脱進機の摩耗と消費エネルギーの低減につながる。コーアクシャルの効率と組み合わせ、精度と耐久性の均衡を図った選択とされる。
耐磁性能
15,000ガウス(1.5テスラ)の耐磁性能は、軟鉄製インナーケースで磁場を遮る従来の手法によらない。ヒゲゼンマイに加え、脱進機周辺など磁気の影響を受けやすい部品そのものを非磁性素材とすることで実現されている。遮蔽板を持たないため、シースルーバックでムーブメントを見せる構成とも両立する。スマートフォンやバッグの留め具など、日常の磁気源に対する実用的な備えである。
Master Chronometer認定
Cal. 8700を搭載する時計は、二段階の検定を経る。まずムーブメント単体でCOSC(スイス公式クロノメーター検査協会)のクロノメーター検定を受ける。次に完成時計の状態で、METASの基準に基づく8項目の試験に臨む。日差0〜+5秒の精度、15,000ガウスの磁場下での動作、パワーリザーブ、防水性能などが検査対象となる。
自動巻機構、仕上げ、保守性
ローターは両方向の回転で巻き上げを行い、パワーリザーブは約50時間である。仕上げはロジウムメッキを施した地板・受けに、アラベスク状のジュネーブ・ウェーブ(コート・ド・ジュネーブ)を刻む。Cal. 8701ではローターとテンプ受けがセドナゴールド製となり、色調が変わる。
保守の観点では、コーアクシャル特有の揚角に注意を要する。揚角とはテンプが脱進機と接して駆動を受ける角度で、8000番台の多くは38°前後とされる。一般的な52°の設定のままタイミングマシンで測定すると、振り角が正しく表示されない。