物語
01一人の若い経営者が抱えた違和感
マキシミリアン・ブッサーは1967年、スイス人外交官の父とインド人(パールシー)の母のもとにイタリア・ミラノで生まれた。1971年、3歳のときに家族とともにスイス・ローザンヌに移り、青年期を同地で過ごす。ローザンヌ工科大学(EPFL)でマイクロテクノロジーを修め、1991年に同校を卒業。同年ジャガー・ルクルトに入社し、製品担当として7年間在籍した。当時CEOだったアンリ=ジョン・ベルモンの薫陶を受けたとブッサー本人は繰り返し語っている。
1998年、31歳のブッサーはハリー・ウィンストン・レア・タイムピースのCEOに招かれる。在任7年で部門の年商は800万ドルから8,000万ドルに伸び、2001年に始動した「オーパス」シリーズは、フランソワ=ポール・ジュルヌをはじめ毎年異なる独立時計師との共同制作という新しい型を業界に提示した。ブッサーはこの時期に、独立時計師の力を借りて時計を作る回路を身につけた。
2001年に父を失ったブッサーは、自身が「市場が売れると見込むものを作っていた」ことに直面したと語る。創業時に掲げた二つの原則 — 市場の声に従わない、価値観を共有する者とだけ働く — は、この内省を経て生まれたとされる。
02「マキシミリアン・ブッサー・アンド・フレンズ」の起点
2005年7月、ブッサーはMB&Fを設立した。社名は「Maximilian Büsser & Friends」の略であり、共同制作者を明示する意思表示でもある。創業時の資本は、未完成のスケッチ一枚と、製品を信じて代金の30%を前払いした少数の販売店だけが支えた。
2年の試行を経て2007年に発表されたHM1は、4つの香箱を直列・並列の双方で接続する世界初の機構と、上部に配された中央トゥールビヨン、48要素から成る三次元ケースを特徴とした。北アイルランドの時計師ステファン・マクドネルがHM1の実現に深く関与しており、彼の名は後年の重要作品にも繰り返し現れる。
03拡張と試練の時代
2008年のHM2、2009年のHM3、2010年のHM4 サンダーボルトと、ブランドは独自の造形言語を急速に拡張した。一方、世界金融危機の時期はMB&Fを含む独立系全般にとって厳しい局面であり、業績の伸びは抑制された。ブッサーはのちに、創業初期に事業継続が危ぶまれる局面が何度かあったと振り返っている。
04レガシー・マシンによる二つ目の極
2011年に発表されたLM1は、HMで築いた未来志向とは対照的に、19世紀的な懐中時計の構造美を出発点に据えた。「もし自分が1867年に生まれていたら、どのような腕時計を作るか」というブッサーの問いから生まれた円形・三次元構造である。文字盤上に浮かぶ大型テンプ、垂直のパワーリザーブ表示、二つの独立した時刻表示が特徴である。LM1は2012年のGPHGで最優秀メンズウォッチと一般審査賞を同時受賞し、ブランドの読者層を一気に拡げた。同じ2011年、ジュネーヴに最初のM.A.D.(Mechanical Art Devices)ギャラリーが開設されている。
05構造の再発明 — LM PerpetualからLM Sequentialへ
2015年のLM Perpetualは、永久カレンダーという伝統機構を根底から再設計した作品である。マクドネルが「メカニカル・プロセッサー」と呼ぶ新方式は、月の日数を月側ではなく中央の演算機構に保持させ、誤操作時のギア損傷を回避する設計を採る。581部品からなる新キャリバーは、翌2016年のGPHGで最優秀カレンダーウォッチ賞を獲得した。
その延長線上に2022年のLM Sequential EVOがある。MB&F初のクロノグラフは、2系統の独立した計測系を単一エスケープメントに連結し、「ツインバーター」と呼ぶ切替機構で計測モードを瞬時に変える構造を備えた。同作はGPHG最高賞「金の針賞」(Aiguille d'Or)を受賞している。
06第三の柱と20年目
2021年、より手の届く価格帯を目指す姉妹ブランドM.A.D.Editionsから第1作M.A.D.1が発表された。創業以来温められてきた「親しい人々にも手の届く時計を」という構想が、ここで具体化したことになる。2024年8月、シャネルが25%の少数株主として参画し、ブッサー60%、長年のパートナーであるセルジュ・クリクノフ15%という新たな資本構成が成立した。経営権はブッサー側に保持され、独立性は維持される枠組みとされている。
2025年、設立20周年にあわせて、HMとLMに続く第三の系列「スペシャル・プロジェクト」が立ち上げられ、初作SP Oneを発表。直径38ミリの円形薄型ケースに、香箱・テンプ・傾斜文字盤の三つの円を浮かせる構成を採り、これまでの巨大な造形とは異なる路線を提示した。20年で20を超える自社キャリバーを世に出し、約60名の従業員と数百名のフレンズを擁する組織へと、MB&Fは静かに姿を変えつつある。