設計思想
博物館開館の年に
2020年3月下旬、オーデマ ピゲは[Re]master01 セルフワインディング クロノグラフを発表した。同年6月25日にル・ブラッシュで開館するMusée Atelier Audemars Piguetを記念する限定モデルという位置づけである。ロイヤル オーク(1972年)の印象が強い同社だが、その歴史には広く知られていないクロノグラフの系譜がある。同社の記録によれば、1930年代から1950年代初頭までに製作された腕時計型クロノグラフは307本にとどまり、その多くが互いに異なる1点ものに近い仕様だったとされる。
中でもRef.1533は9本のみが製作され、ステンレススチールとピンクゴールドの二色ケースを持つ個体は3本と伝わる。2015年のオークションに現れた1本はオーデマ ピゲ自身が落札し、ヘリテージコレクションに収蔵された。この個体こそが、[Re]master01の直接の原型である。
復刻ではなく「リマスター」
[Re]masterという名称は、録音物のリマスタリングになぞらえた表現である。同社はこれを復刻(リイシュー)ではないと繰り返し強調した。擬似的な経年加工で古さを演出するのではなく、過去の設計を現代の素材と製造技術で新品として作り直すという思想である。ケース径は原型の36.5mmから40mmへ拡大され、手巻のValjoux系Cal.13VZAHに代わって自社製自動巻Cal.4409が選ばれた。2019年のCODE 11.59 クロノグラフに搭載されたCal.4401から日付表示を省いた仕様で、本作がその初搭載例にあたる。
ロイヤル オーク以外の系譜に光を当てる試みは、CODE 11.59の投入と地続きにある。新作コレクションでの挑戦と並行して、アーカイブの再解釈というもう1つの回路でブランドの幅を示した点に、本作の戦略的な意味がある。
シリーズの起点として
[Re]master01は直営ブティック限定で販売され、ヘリテージ資産を製品として再構築する試みの試金石となった。2024年には、1960年の非対称モデル5159BAを原型とするシリーズ第2作[Re]Master02(Ref.15240SG.OO.A347CR.01、250本限定)が発表され、[Re]masterは単発の企画ではなく継続するシリーズとして確立する。その出発点に置かれた本作は、ロイヤル オークに偏りがちなブランド像に対して、アーカイブの厚みを示した最初の回答として位置づけられる。
意匠分析
ケースはステンレススチール製で、ベゼル、リューズ、オリーブ型プッシャーのみを18Kピンクゴールドとする。原型Ref.1533の二色構成をそのまま引き継いだ配分である。短いティアドロップ型のラグと、膨らみを持つケース側面も原型に倣う。径は40mmに拡大されたが、文字盤とケースの比率が維持されているため、正面からの印象は数値ほど大きくない。一方で厚さは14.6mmあり、丸みを帯びたベゼルと低い位置のラグがその高さを強調する。裏蓋はネジ留めではなく圧入式で、当時の同社のメンズ機械式では異例の構造と指摘されている。防水は20mにとどまり、性格としてはドレスクロノグラフに属する。
文字盤はシャンパンカラーの金色調で、縦方向のヘアライン仕上げにクリアラッカーを重ねる。外周のタキメーターをブルーで刷り、セリフを備えた転写インデックス、アールデコ調の「12」、そして1970年代までジュネーブに工房を構えた歴史に由来する旧表記「Audemars Piguet & Co Genève」を再現した。時分針はピンクゴールド、クロノグラフ針はブルースチールという使い分けも原型に従う。一方でカウンター配置はムーブメントに合わせて再構成され、6時にスモールセコンド、9時に30分計、3時に12時間計が置かれた。30分計の15分の先に赤い「45」を刷る意匠は、サッカー好きだった3代目ジャック=ルイ・オーデマールの求めに由来すると伝わる原型の特徴を引き継いだものである。
Cal.4409は直径32mm、厚さ6.82mmの自動巻フライバッククロノグラフで、コラムホイールと垂直クラッチを備える。毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは70時間。各カウンターに個別のリセットハンマーを置く構成やフリースプラングテンプなど、設計思想は現代的である。22Kゴールドのローターにはローズエンジンによる手作業のクル・ド・パリ装飾が施され、Cal.4401が用いるスケルトンローターとは趣を変えた。ケース厚14.6mmの主因は、このムーブメントの寸法にある。
系譜と歴史
[Re]master01 セルフワインディング クロノグラフ(Ref.26595SR.OO.A032VE.01)は2020年3月下旬に発表された。発表時のラインアップは本Refのみで、シリーズ名を冠しながら単独でのデビューだった。発表から数日後の同年3月30日には世界の直営ブティックで販売が始まっており、発表から店頭までの間隔が極端に短い、異例の立ち上がりだったと報じられている。販売は直営ブティックに限定され、生産数は500本。ライトブラウンのハンドステッチ・カーフストラップに加えてブラウンのアリゲーターストラップが付属し、裏蓋には「Limited Edition」の刻印が入る。
発表の約3カ月後にあたる2020年6月25日、本作が記念の対象としたMusée Atelier Audemars Piguetがル・ブラッシュで開館した。生産期間中の仕様変更は確認されておらず、500本は単一仕様で完結している。色違いや素材違いの派生Refも設定されなかった。
2024年5月末には、1960年の非対称モデル5159BAを原型とするシリーズ第2作[Re]Master02(Ref.15240SG.OO.A347CR.01、250本限定)が発表され、[Re]masterは継続するシリーズとなった。26595SR.OO.A032VE.01自体は500本限定の一度きりの生産であり、継続生産モデルではないが、公式サイトの[RE]Masterコレクションページには現在もシリーズ第1作として掲載されている。