設計思想
5960Pからの世代交代
パテック フィリップがアニュアルカレンダーとクロノグラフを初めて1つのケースに収めたのは、2006年のRef. 5960Pである。同機は自社開発初の自動巻クロノグラフ・キャリバーCH 28-520 IRM QA 24Hを積む記念碑的モデルだったが、2014年にステンレススチールの5960/1Aへ主役が移り、貴金属仕様はカタログから退いていた。その空席を埋める形で2015年3月のバーゼルワールドに登場したのが、第2世代となるRef. 5905Pである。ブルー文字盤の5905P-001とブラック文字盤の5905P-010が同時に発表され、素材はプラチナのみ。実用コンプリケーションの中核を担う系譜が、より現代的な意匠をまとって再出発した瞬間だった。
何が変わり、何が残ったか
機構面の骨格は5960から引き継がれた。ただしキャリバーはパワーリザーブ表示(IRM)を省いたCH 28-520 QA 24Hへ改められ、文字盤12時側にあった扇形のリザーブ表示が消えた。クロノグラフの積算計も、同軸式の60分計+12時間計から60分計のみへ簡素化され、6時位置のサブダイヤルは昼夜表示を内蔵する簡潔な円となった。ケース径は40.5mmから42mmへ拡大。プッシャーはポンプ型から長方形へ変わり、ラグとベゼルには凹面の処理が加わった。一方で、アニュアルカレンダーの弧状3窓表示や、垂直クラッチによって常時運針できるクロノグラフ秒針といった「日常で使える複雑時計」としての本質は、そのまま残されている。
一族の拡大と、プラチナ仕様の退場
5905P-001は約7年にわたり、この系譜の基準機であり続けた。2019年にローズゴールドの5905R-001、2021年10月にはブレスレット一体型のステンレススチール仕様5905/1A-001が加わり、ファミリーは素材の階層を段階的に広げていく。その過程でプラチナ仕様は役割を終え、5905P-001は2022年初頭のランアウトリストへの記載をもって生産を終了した。発表時にはラインの頂点として生まれ、一族の裾野が広がりきったところで静かに退く。初代であり基幹でもあったこのRefの軌跡は、5905という系譜の成り立ちそのものを物語っている。
意匠分析
42mmのプラチナケースは全面ポリッシュの3ピース構成で、ベゼルとラグの側面には凹面のカーブが与えられている。直線的だった5960のケースに対し、曲面で光を受けるこの処理が5905P固有の表情をつくる。クロノグラフのプッシャーは長方形で、ケースバンドの輪郭に沿うよう低く整えられた。6時側のケースバンドにはプラチナ製パテックの慣例であるダイヤモンドが1石埋め込まれ、左側面にはカレンダー修正用のコレクターが3つ並ぶ。裏蓋はねじ込みではなくスナップ式のサファイアバックで、防水は日常生活レベルの30m防水にとどまる。ドレス寄りの性格を示す選択である。
ブルーの文字盤はサンバースト仕上げで、外周の分目盛りリングと中央部を分ける2ゾーン構成をとる。これは5205や5207など同時代のカレンダー機と共通の文法であり、レギュレータ風だった5960のレイアウトからの明確な転換点となった。ホワイトゴールドの植字バトンインデックスの外周には夜光ドットが配され、針は両端を矢尻状に尖らせた変形ドーフィン型。曜日・日付・月は12時側に弧を描く3つの窓で示され、6時の60分積算計には小さな昼夜表示窓が組み込まれる。
キャリバーCH 28-520 QA 24Hは、コラムホイールと垂直クラッチを備えたフライバック・クロノグラフである。摩耗を抑えるクラッチ構造ゆえに、クロノグラフ秒針を常時運針の秒針として使える。毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは45〜55時間。パテック フィリップ・シールのもと日差-3〜+2秒の精度が保証される。21Kゴールドのセンターローターが受けの多くを覆うものの、スナップバック越しの眺めは雄弁だ。ストラップはマットネイビーのアリゲーターで、プラチナ製ピンバックルが組み合わされた。
系譜と歴史
5905P-001は2015年3月、バーゼルワールド2015で発表された。ブラック文字盤の5905P-010との同時デビューで、生産と出荷は同年中に始まっている。以後、仕様上の大きな変更は確認されておらず、ブルー×プラチナという単一の組み合わせのまま販売が続いた。
2019年3月のバーゼルワールド2019では、ローズゴールドケースにブラウン文字盤の5905R-001がファミリーに追加され、プラチナ2仕様との併売体制となる。2021年10月14日には、オリーブグリーン文字盤とステンレススチールの一体型ブレスレットを備えた5905/1A-001が発表された。この時点の発表は「ブルー文字盤のプラチナ仕様に加わる」と伝えられており、ブラックの5905P-010は先行してカタログを離れていたとみられる。
2022年1月、正規販売店に配布されたいわゆるランアウトリストに5905P-001が記載され、生産終了が確定した。保証書日付が2022年第1四半期となる最終期の個体も確認されている。なおWatchBaseは生産期間を2015〜2021年と記録しており、終了時期の記載には資料間で揺れがある。生産終了後、5905の系譜はステンレススチールの5905/1A-001と、2023年に加わったとされるローズゴールド×ブルー文字盤の5905R-010へ引き継がれ、2026年現在、プラチナ仕様の直接の後継は設定されていない。