設計思想
1. 復活を遂げたブランパンが選んだ機構
2185Fフライバック・クロノグラフが登場した1996年、ブランパンはクオーツ危機からの復活を果たしつつあった。1983年、ジャン=クロード・ビバーとフレデリック・ピゲの子息ジャック・ピゲが社名を取得し、機械式時計の伝統を立て直す道を選ぶ。コストを削るのではなく、かつての複雑機構を再び世に問う——その姿勢の延長線上に、本機のフライバック・クロノグラフは位置づけられる。
土台となったのは、1994年に発表された38mmの現代的なリファレンス2100である。クラシックなブランパンのドレスウォッチとは異なる、ややスポーティな性格を持つこのケースに、フライバック機構を組み込んだクロノグラフが本機であった。
2. フライバックという選択
フライバック・クロノグラフは、作動中の計時を一度の操作で即座に帰零し、再計測へ移れる機構である。停止・リセット・再始動を一気に行えるため、連続した計時を求められる場面で重宝する。
その心臓には、フレデリック・ピゲのCal.1185を基礎としたCal.F185が据えられた。1988年に登場したこの基幹キャリバーは、薄型の自動巻きクロノグラフとして高く評価され、複数の高級ブランドに供給された経緯を持つ。本機はその系譜の上に立つ。機構自体の詳細はキャリバー記事に譲るが、薄さと作動の滑らかさが本機の性格を決めている点は記しておきたい。
3. シリーズ史におけるこのRef
2185Fは、1990年代のブランパンを代表するスポーツ・クロノグラフとなった。本稿が扱う2185F-1130-63は、その黒文字盤スティール仕様をレザーストラップで仕立てた構成を指す。同一の時計頭部をX-71ブレスレットで組んだ2185F-1130-71と並び、ストラップ派とブレス派の選択肢を成していた。
2000年前後、ブランパンはこの一連のスポーティなラインに「レマン」の名を与え、ケースを40mmへと拡大していく。38mmの本機は、その大型化以前の第一世代として、後のレマンが立つ起点となった。
4. 派生と後続
本機の周囲には、素材を変えた派生が広がっている。ローズゴールドやホワイトゴールドのケースを纏った仕様が用意され、限定版も複数存在したと伝わる。
機構の面では、Cal.F185の血統がその後のブランパンに受け継がれた。2002年のレマン・フライバック・スプリットセコンド(リファレンス2086、Cal.F186)や、フィフティ ファゾムスのフライバック・クロノグラフ(リファレンス5085F)が、同じ基幹キャリバーの発展形を搭載する。38mmの本機は、こうした後続が共有する設計思想の出発点に立っていた。
意匠分析
2185F-1130-63の核は、直径38mmのスティールケースにある。段差を設けたステップドベゼル、短く厚みのあるラグ、全体に行き渡った高い研磨が、コンパクトながら密度のある佇まいを生む。ケースサイドには「BLANCPAIN」の文字が彫り込まれており、これは賛否の分かれた意匠として知られる。リューズと左右のプッシャーはいずれもねじ込み式で、100m防水 (10気圧) を確保する。
文字盤は黒。大ぶりのアラビア数字に夜光を充填した、ミリタリー色の強いデザインである。針は夜光入りの剣型(ソード)で、視認性を最優先した構成といえる。資料によってはこの針をドーフィン型・ロザンジュ型と記すものもあり、表記には揺れがある。インダイヤルは3時に30分計、9時に12時間計を置き、6時のスモールセコンド内に日付窓を組み込む。中央のクロノグラフ秒針と合わせ、複数の小針と一本の長針が機能を分担する。
ムーブメントにはCal.F185を搭載する。フレデリック・ピゲのCal.1185を基礎とし、コラムホイールと垂直クラッチ、そしてフライバック機構を備える。直径26.2mm・厚さ5.5mmという薄さが、本機のスリムなケース高に直結している。毎時21,600振動 (3Hz) のテンポと18金ローターは、スポーティな見た目に反した端正な中身を示す。ただしケースバックはソリッドで、この機械を覗くことはできない。展示用裏蓋を持たない選択は、当時のドレス的な志向を映したものと考えられる。
本機の末尾の63はレザーストラップ仕様を示す。同じケースと文字盤をX-71ブレスレットで仕立てた2185F-1130-71に対し、本機は革帯とスティール製バックルで軽快にまとめている。
系譜と歴史
2185Fフライバック・クロノグラフが世に出たのは1996年である。1994年に登場した38mmの現代的なリファレンス2100の設計を土台とし、そこにフライバック機構を備えたクロノグラフとして加えられた。当初この一群に固有の呼称はなく、2000年前後にブランドが一連のスポーティなラインを「レマン」と名付けたことで、本機も遡ってレマンの名を与えられている。
発表時、スティール製ブレスレット「X-71」は新設計であった。ただし本稿が扱う2185F-1130-63は、このX-71ブレスではなくレザーストラップ仕様を指す。同じ黒文字盤・スティールケースでブレスレットを纏うのは2185F-1130-71であり、ストラップとブレスで末尾番号が分かれている。
生産期間中には、ケースと文字盤を共有しながら素材や仕様を変えた派生が複数登場した。ゴールド系の2185F-1430や2185F-1540系のほか、文字盤コードを改めた2185F-1130M系などが確認できる。本機の黒文字盤スティール仕様についても、生産途中で細部を改めた二つの世代が存在するとされる。
本機の生産は1996年から2000年代半ば以降まで続いた。流通する個体には2006年付の保証書を伴うものが確認でき、長期にわたり供給されたことがうかがえる。その後、38mmの第一世代は40mm化したレマンへと主役を譲り、本リファレンスは現在生産を終えている。