設計思想
レーシングの時代に生まれた一本
ブランパンは1735年創業の古典的なマニュファクチュールであり、その伝統はヴィルレ・コレクションに最も色濃い。一方でL-エボリューションは、その対極に置かれた現代的で挑発的なラインである。モジュラー構造のケースは素材と仕上げの自由な組み合わせを前提とし、層を成すダイヤルに視線を誘う。
本機が世に出た2012年前後、ブランパンはGTレースとの結びつきを深めていた。2009年にランボルギーニとスーパートロフェオを立ち上げ、その後もGTレースへの関与を広げたとされる。この流れの中で、レースを主題化したモデル群がL-エボリューションRと呼ばれた。8886F-1503-52Bは、その文脈で生まれた複雑時計である。
なぜスプリットセコンドだったか
ラトラパンテ(スプリットセコンド)は、重なり合う2本の秒針で並行する時間を計る機構である。一方の針を止めて区間タイムを読み、再び動く針へ瞬時に追いつかせる。複数の車のラップを計るレースの現場と、機構の論理はよく噛み合う。本機はこれにフライバックを重ね、1度の操作で計測のやり直しを可能にした。搭載するCal.69F9は、この二つの機構とラージデイトを束ねるために設計された自社製ムーブメントである。つまり本機は、意匠だけでなく機構によってもレースを語ろうとした。
白金で仕立てるという選択
同じCal.69F9と意匠は、2012年にホワイトゴールド(本機)とレッドゴールド(8886F-3603-52B)で発表され、のちにチタン(8886F-1203-52B)版も加わったとされる。レースの道具としての軽さを求めるならチタンが理にかなう。それでも本機が18Kホワイトゴールドをまとう点に、このRefの性格がある。カーボンという競技の素材と、白金という静かな貴金属。その落差こそが、スポーツの文脈を別の角度から照らし返す。
派生と後続
L-エボリューションRの中核は、ラトラパンテを持たないフライバッククロノグラフ・ラージデイトであり、本機はその「極めて技術的な」派生として位置づけられる。L-エボリューションはその後、現行ラインから退いた。本機は、ブランパンがレースに最も接近した時代を映す複雑時計として残る。
意匠分析
本機の身体は、相反する2つの素材で構成される。ケースバンドとラグはサテン仕上げの18Kホワイトゴールド、ベゼルとケースバックはカーボンファイバーである。径は43mmで、厚みは16mm を超えるとされる。スプリットセコンドとフライバックを束ねたCal.69F9の背の高さが、そのまま腕の上の存在感に変わっている。ラグ幅は23mmと広く、ケースと一体で構えるような佇まいを生む。
ダイヤルは黒いカーボンを複数層で組み、奥行きのある表情をつくる。黒地に差す赤は、9時と12時のインデックスやストラップのステッチにも用いられ、計器のような緊張感を与える。6時位置のラージデイトは2つの窓を並べ、デジタル風の書体で日付を示す。9時位置のカウンターはランボルギーニのエンブレムを思わせる造形を取る。
操作系にも競技の語彙が宿る。クロノグラフのスタート/ストップ・プッシャーは赤く差し色され、8時位置のラトラパンテ用プッシャーは給油口を模した形を取る。中央には重なり合う2本のクロノグラフ針が走る。
サファイアのケースバックからは、自動巻きローターが覗く。そのローターは自動車のホイールを模した造形で、レースとの関係を裏側でも語る。Cal.69F9は409部品・44石からなり、40時間を駆動し、コラムホイールと垂直クラッチが計時の始動を滑らかに整える。ストラップは黒いアルカンターラにカーボンを差し込み、カーボンを嵌め込んだフォールディングバックルで留める。バックルの造形は車のフロントグリルを思わせる。
系譜と歴史
8886F-1503-52Bは、2012年のバーゼルワールドで発表された。レースを主題に据えたL-エボリューションR系の複雑モデルとして披露され、限定ではなく通常生産として供給された。発表時には同一のCal.69F9と意匠を、本機の18Kホワイトゴールドに加え、18Kレッドゴールドの8886F-3603-52Bでも展開している。チタンの8886F-1203-52Bも存在するが、投入の時期については資料により揺れがある。
本機の登場は、ブランパンがGTレースへ接近した時期と重なる。2009年のランボルギーニ・スーパートロフェオに始まる流れが、その背景にあった。同社のマーケティング責任者アラン・ドラムラズは、本機がモータースポーツへの関与から着想を得たと述べている。2012年7月には、日本でのスーパートロフェオ・アジア開幕に合わせて本機が披露され、日本では同年内の発売が予定された。L-エボリューションはその後、現行カタログから姿を消した。本機もまた、現在は新品の正規流通からは退いている。
出典
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