03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
薄さの名門が持つ、もう一つの顔
ピアジェの名は、長らく薄型ムーブメントと結びついてきた。1957年の手巻Cal.9P、1960年の自動巻Cal.12P以降、同社は極薄機構の開発を看板としてきた。その系譜は、現行の1200P系やアルティプラノ・アルティメート・コンセプトへと続く。
しかし2016年、ピアジェはこの文脈とは異なる時計を世に問う。ステンレススティール製のスポーツウォッチ「ポロS」である。日常で気兼ねなく使える堅牢な実用機が求められる場面では、繊細な極薄キャリバーが必ずしも最適解とはならない。ここで採用されたのが、本記事の主役であるCal.1110Pであった。
1904系アーキテクチャーという基盤
Cal.1110Pの設計は、2010年にカルティエが発表した自動巻Cal.1904 MC(1904-PS MC)に遡る。これはリシュモングループの量産ムーブメントとして開発され、グループ内のムーブメント製造部門ヴァルフルーリエが手がける基幹機構である。同系の構造は、カルティエのほかピアジェにも供給されてきた。
ピアジェは公式に、Cal.1110Pを自社の自動巻Cal.800Pを発展させた機械と説明する。一方で専門メディアは、その構造がカルティエ1904-PS MCと同系であることを早くから指摘してきた。リシュモンが複数ブランドで機構を共有することは珍しくなく、Cal.1110Pもその文脈に置かれる。仕上げや装飾はブランドごとに異なり、ピアジェ版はブルースティールのビスや面取りされたブリッジなど、装飾性をやや強めている。
ポロを支える実働キャリバーへ
初搭載のポロS(2016年、Ref.G0A41001ほか)以降、Cal.1110Pはポロ・デイトやポロ・フィールドなど、42mmクラスの時刻表示モデルへと展開した。クロノグラフ仕様には、同じ1904系から派生したCal.1160P(カルティエ1904-CH MCと同系)が割り当てられ、両者がポロの実用ラインを構成する。
注目すべきは、実用機でありながら厚さを4mmに抑えた点である。記録を狙う薄さではないものの、薄型を志向してきたピアジェらしい配慮が、堅牢な日常機にも及んでいる。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
Cal.1110Pは、中央ローター式の自動巻機構を備える。ピアジェの極薄キャリバー群が偏心配置のマイクロローターを用いるのに対し、本機はムーブメント中央で全回転する大型ローターを採用し、巻き上げ効率と堅牢性を優先する。基盤となる1904系アーキテクチャーは、ローター軸にセラミック製ボールベアリングを採用し、耐衝撃性を高める設計として知られる。ローターは両方向巻き上げに対応するとされ、着用時の腕の動きを効率よく主ぜんまいの巻き上げへ変換する。
調速機構は毎時28,800振動 (4Hz)で駆動する。テンプ(振動を刻む調速車)が1秒あたり8回振動する設定で、実用域での安定した精度と、秒針の滑らかな運針を両立する標準的な値である。ヒゲゼンマイ(テンプに付く渦巻き状のぜんまい)の緩急調整にはエタクロン方式(緩急針とヒゲ持ちを微調整する量産向けの方式)が用いられ、調整性と保守性を確保する。リューズを引くと針が止まるストップセコンド(ハック機構)を備え、秒単位での時刻合わせが可能である。
秒表示の構成には、ベースとの差異が見られる。カルティエ1904-PS MCが6時位置のスモールセコンドであるのに対し、Cal.1110Pでは中央秒針として再構成されている。日付は6時位置に配され、文字盤の対称性を保つ。
パワーリザーブは約50時間である。1904系は2つの香箱(ツインバレル)によりトルクを安定供給する構成とされ、長時間にわたり均質なエネルギーを脱進機(動力を一定間隔で開放する機構)へ送ることを企図する。
仕上げは、量産機ながら装飾性を意識したものである。地板にはサーキュラーグレイン(円状の磨き目)、ブリッジには円状のコート・ド・ジュネーブ(ジュネーブ縞)が施され、エッジは面取りされる。歯車にはサンレイ仕上げ、ビスにはブルースティールが用いられ、スレートグレーのローターには円状のコート・ド・ジュネーブとピアジェの紋章が刻まれる。構成部品は180、石数は25石である。
厚さ4mmという数値は、自動巻の実用機としては薄い部類に入る。ローターを中央に配置しながらこの厚みへ収めた点に、薄型設計を積み重ねてきたピアジェの素地がうかがえる。同時に、部品構成や調速方式は量産を前提としており、整備時の取り扱いやすさにも配慮されている。
なお本機は、クロノメーター等の第三者認定を取得した仕様ではない。設計の主眼は記録的な精度や薄さではなく、日常使用に耐える信頼性と整備性に置かれている。1904系がもともと量産と保守の容易さを念頭に設計された経緯が、ここに反映されている。