03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 自社製クロノグラフの礎、880P
1160Pの系譜は、2007年に発表された880Pに始まる。これはピアジェ初の自社製自動巻きクロノグラフで、厚さ5.6mmの薄型ながら、コラムホイールと垂直クラッチ、ダブルバレルを備えた本格機であった。フライバックと第二時間帯(24時間表示)を併載し、金無垢のポロやチタン製のポロ・フォーティーファイブ・クロノグラフに搭載された。薄型と多機能の両立を図ったこの設計が、後年の一体型クロノグラフの土台となる。
2. ポロSと1160Pの誕生
2016年、ピアジェは鋼製スポーツウォッチ「ポロS」を発表した。薄型・宝飾の印象が強い同社が、実用スポーツ機で新たな客層に向かう転換点である。そのクロノグラフ版に積まれたのが1160Pであった。880Pを母体としつつ、フライバックと第二時間帯を省き、30分計と12時間計を左右対称に配したバイコンパックス構成へ再編。日付を6時位置へ移し、直径25.58mm・厚さ5.72mmにまとめた。コラムホイールと垂直クラッチという中核は受け継がれている。
3. リシュモン系設計という文脈
1160Pをめぐっては、同じリシュモン傘下のカルティエが2012年に導入した1904-CH MCとの設計上の近さが、複数の専門メディアで指摘されてきた。ピアジェは自社製マニュファクチュール・ムーブメントと位置づけ、880Pからの発展と説明する。一方で両機の構造的類似は、巨額の費用を要するムーブメント開発をグループ内で共有する、現代の時計産業に通じた合理化の一例とも読める。優劣ではなく、産業構造の反映として捉えるのが妥当だろう。
4. 現行ラインでの役割
1160Pは名称整理を経て、現行のポロ・クロノグラフへ引き継がれている。時・分・日付のみの3針版にはコラムホイールを持たない1110Pが充てられ、計時機構を求める層には1160Pが対応する、という分担である。エントリー帯にありながらコラムホイールと垂直クラッチという上級構成を備える点が、このキャリバーの位置づけを物語っている。
04 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
1160Pは、コラムホイール(柱状歯車)と垂直クラッチ(バーティカルクラッチ)を組み合わせた自動巻き一体型クロノグラフである。直径25.58mm(11.5リーニュ)、厚さ5.72mm、部品点数262、石数35石。振動数は28,800vph(4Hz)で、テンプは1秒間に8回振動する。4Hzは、姿勢差を抑えて精度を安定させつつ、クロノグラフ計測の分解能を1/8秒まで高める、現代の実用機の標準域にあたる。計時機構を別体のモジュールとせず地板に組み込む一体型であり、薄型化と操作の確かさの両立に寄与している。
クロノグラフの起動制御を担うのがコラムホイールである。レバーの動きを柱状の歯車で振り分ける方式で、カム式に比べ操作感が滑らかになる反面、部品精度と組み立て調整への要求は高い。始動・停止・復針の三動作を一つの輪で統御するこの機構は、上級クロノグラフの構成とされてきた。
計時の伝達には垂直クラッチを採る。歯車を横から噛み合わせる水平クラッチに対し、垂直クラッチは円盤を上下に圧着して動力を伝える。これによりクロノ秒針の始動時に生じる針飛びが抑えられ、計測中の精度低下も小さい。コラムホイールと垂直クラッチの組み合わせは、現代の上級クロノグラフが指向する構成である。
動力源にはダブルバレル(二つの香箱)を備える。二つのゼンマイで駆動してトルクを安定させ、約50時間のパワーリザーブを確保する。クロノグラフ作動時の負荷増にも出力を保ちやすい。テンプ停止機構(ハック)を備え、リューズを引くと秒針が止まるため、秒単位の時刻合わせができる。
表示は時・分・秒に、6時位置の日付、3時位置の30分積算計、9時位置の12時間積算計を加える。クロノグラフ秒は中央の針で計測する。先代の880Pがフライバックと第二時間帯を備えた多機能機であったのに対し、1160Pはこれらを整理し、二つの積算計を左右対称に置くバイコンパックス構成へ再編している。
仕上げはピアジェの定型に従う。地板にはサーキュラーグレイン(円形の粒状装飾)、ブリッジにはサーキュラーコートドジュネーブ(円弧状の筋目)を施し、稜線は面取りされる。受けのネジは焼き戻しによるブルースクリューで、回転錘(ローター)にはピアジェの紋章が刻まれる。ローターはモデルにより、スレートグレーのものとブルーPVD加工のものがある。エントリー帯のスポーツ機という位置づけから装飾密度は最上位コンプリケーション機に及ばないが、機械式仕上げの基本は押さえられている。