設計思想
1. 秒単位で働く人々のために
1957年のオメガは、職業別に性格を振り分けた3本の新作を同じ年に市場へ送り出した。そのうちクロノグラフを担ったのがCK2915である。当時の広告は、秒単位で時間を扱う人々のための時計という言葉でこのモデルを売り出した。
想定された使い手はレーシングドライバーだけではない。ベゼルの目盛りは、オメガの当時の呼称で「タコ・プロダクトメーター」とされる。1,000m区間の通過時間から時速を読み、同じ目盛りで1時間あたりの生産個数も読める。サーキットと工場の両方で使える計算尺として位置づけられていたのである。
設計はクロード・バイヨーが担い、クリエイション部門を率いたピエール・モワナが監督したと伝わる。ただしオメガはこの帰属を公式には明言していない。
2. シーマスターの一員として生まれた
CK2915は、独立したコレクションとして出発したわけではない。オメガの公式アーカイブは本機を「シーマスター・スピードマスター」と記録し、スクリューバック式のケースと50m防水を仕様として挙げる。1948年以来の防水時計シーマスターの延長線上に、クロノグラフを置くという構想であった。
名称もこの文脈から生まれた。シーマスター、レイルマスターと続く「〜マスター」の命名に、速度計測を示す「スピード」を組み合わせたものである。後年のスピードマスターの裏蓋にシーマスターの象徴であるシーホース(ヒッポカンポス)が残るのも、この出自に由来するとされる。
3. 「-1」という枝番が示すもの
CK2915は約2年の生産期間に、-1、-2、-3の三つの枝番に分かれた。オークションハウスの解説によれば、-1と-2の違いは裏蓋内側の刻印番号のみで、ムーブメント番号の帯域も入り組んでいる。外観で両者を見分ける決め手は、実質的に存在しない。
一方の-3は、後継CK2998への移行期にあたる。ブロードアロー針と鋼製ベゼルを保った個体に加え、アルファ針と黒いベゼルを備えた個体も確認されている。つまり1957年の設計を混じりけなく伝えるのは、-1と-2に限られる。その中で最も早い時期の個体群が、本Refである。
4. 月へ向かう前の原型
1959年に登場したCK2998は、鋼製ベゼルとブロードアロー針を手放した。視認性を優先した改修であり、スピードマスターはここから宇宙へ向かう道筋に入る。
それでも、本Refで確立された骨格の多くは受け継がれた。ストレートラグの左右対称ケースはRef. 105.003まで、3時・6時・9時のインダイヤル配置とキャリバー321は1960年代末まで受け継がれる。CK2915-1は、月面に到達した時計の直接の祖先でありながら、それ自体は地上の計器として完結していた。後年オメガが復刻を試みるたびに参照点としたのも、この「宇宙以前」の姿である。
意匠分析
ケースはステンレススチール製の左右対称形である。3時側と9時側の輪郭が等しく、リューズとプッシャーを守る張り出しはない。38.6mmの径は同年のシーマスター300(CK2913)と近く、面取りされたストレートラグにも共通の語彙があるとされる。ラグ幅は19mmで、手首への収まりは現行ムーンウォッチより一回り穏やかである。
ベゼルは本Refを最もよく特徴づける部品である。ブラッシュ仕上げの鋼に「TACHYMETRE BASE 1000」の目盛りを彫り、数字には黒い充填が施される。金属の一体ベゼルは堅牢だが、充填塗料は摩耗しやすく、現存個体の状態差が最も表れる箇所でもある。書体には少なくとも二つの型があり、「300」の3の上部が平らな型が初期のものとされる。
文字盤はマットブラックで、大半はフラットな一枚板である。オメガのロゴは金属のアップライドで、その下に「OMEGA」「Speedmaster」が白く印刷される。OMEGAのOは横に潰れた楕円形で、Speedmasterのmの第一アーチが尖る。研究書『Moonwatch Only』はこの初期文字盤を「オーバルO・シャープm」と分類し、主に-1に用いられたとする。インデックスと針の夜光にはラジウムが使われた。
時分針は研磨されたスチールの幅広の矢印型で、夜光を大きな面積で抱える。クロノグラフ秒針は後継CK2998と異なり、塗装のない鋼のままである。レーシングの現場で瞬時に時刻を読み取るという要求に、針の面積で応えた設計といえる。
風防はドーム状のプレキシガラスである。リューズには防水性を担うナイアード式が採られたとされる。裏蓋は二段のステップを持ち、斜面部分に「Speedmaster」の刻印が入る。中央のシーホースは有る個体と無い個体があり、研磨で消えた可能性も指摘されている。ケースはユグナン・フレール製とされ、内側には防塵用のインナーカバーを備える。
ムーブメントはレマニアを起源とするキャリバー321で、コラムホイールでクロノグラフを制御する手巻きである。17石、毎時18,000振動 (2.5Hz)。初期の321はクラッチブリッジが左右対称の形状を持つとされ、個体の真贋を見極める指標の一つになっている。ブレスレットは折り返し式リンクの7077で、No.6のエンドピースを組み合わせるのが当時の仕様と伝わる。
系譜と歴史
CK2915は1957年、シーマスター300(CK2913)、レイルマスター(CK2914)とともに発表された。正確な発表月と発表の場は、公式資料で確認できていない。-1はこの初年度から生産に入った系列で、オメガのアーカイブ抄本では1957年製と1958年製の個体が確認されている。観察例のムーブメント番号は、1,550万番前後に集まるとされる。
生産期間中、外装には小さな揺れがあった。鋼製ベゼルの書体は少なくとも二種類あり、「300」の3の上部が平らな型から丸い型へ移ったとされる。数字に黒の充填がないベゼルや、インダイヤル針の塗装の有無にも個体差が報告される。いずれも公式に告知された仕様変更ではない。
1958年には-2が加わる。アーカイブ抄本では、1958年製の-2の出荷記録も確認されているとされる。-1と-2のムーブメント番号は重なっており、両者は並行して組み立てられていたとみられる。
1959年には移行期の-3が現れ、同年、後継のCK2998が登場する。WatchBaseは-1の生産終了を1959年6月と記録している。ここで本Refは現役を退いた。
その後、オメガは本Refを節目ごとに参照してきた。1997年、40周年を機に登場したRef. 3594.50は、42mmのムーンウォッチ用ケースに鋼製ベゼルとブロードアロー針を組み合わせ、2003年まで作られたとされる。当初の「レプリカ」の呼称は、後に「リローンチ」へ改められている。
2017年3月のバーゼルワールドでは、60周年を記念するRef. 311.10.39.30.01.001が発表された。38.6mmのケース径と鋼製ベゼルを本Refに合わせ、キャリバー1861を搭載し、3,557本の限定とした。三部作を収めたボックスセットRef. 311.10.39.30.01.002も557組が用意されたとされる。2022年の65周年には、同じ38.6mmのストレートラグケースにキャリバー321を収めたカノプスゴールド製モデルも登場している。
出典
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