系譜と歴史
1. Cal. 321からの世代交代
1957年の初代スピードマスター以来、同モデルを支えてきたのはCal. 321である。制御にはコラムホイールを用いていた。円柱状の歯車の回転で、クロノグラフの発停とリセットを切り替える機構である。精緻な反面、組立と調整には熟練を要し、増産には限界があったとされる。1965年のNASA採用を経て、スピードマスターの需要は拡大していた。量産性と整備性を高めた後継機の導入は、その流れの中で進められた。
Cal. 861の導入は1968年である。最初の搭載機はRef. 145.022-68で、文字盤やケースには321時代の意匠が残された。外観はそのままに中身だけが切り替わった、過渡期のモデルとして知られる。なお、1969年のアポロ11号で月面に持ち込まれたのはCal. 321搭載機であり、Cal. 861ではない。
2. レマニアのエボーシュとグループ内供給
基礎となったのは、レマニアが1960年代に開発した12リーニュのカム式クロノグラフ群のうち、Cal. 1873である。設計にはアルベール・ピゲが関与したと伝わるが、一次資料での確認は取れていない。
レマニアは1932年から、オメガと同じSSIHグループに属していた。そのためCal. 861は、純粋な自社製とも、市販の汎用エボーシュとも言い切れない。グループ内の専業メーカーが設計・供給し、オメガが自社仕様に仕上げたキャリバーとみるのが実態に近い。レマニア1873は他社にも供給されたが、オメガ版は主に仕上げと装飾で区別される。
3. 同一番号での改良と派生
Cal. 861は、番号を変えずに細部の改良を重ねた点に特徴がある。1970年代にはクロノグラフのブレーキ部品が金属から樹脂へ改められ、1993年頃には石数が17石から18石となった。
派生機も多い。24時間表示の第二時間帯を備え、フライトマスターに搭載されたCal. 910/911。デイト付きムーンフェイズのCal. 866。シースルーバック用に装飾を施したCal. 863。1992年には、Cal. 321の50周年を記念するクロノメーター認定版Cal. 864も少数製造されたとされる。
1990年代半ば、ロジウムメッキを施したCal. 1861への移行により、Cal. 861の名は役目を終える。移行年は1996年とする資料と1997年とする資料がある。
4. 宇宙飛行と、その後の継承
NASAは新たな調達が必要になるまで、既に認定した個体を使い続けた。スペースシャトル計画を前にした1978年、NASAは搭載機材を再評価する。このときCal. 861搭載のRef. 145.022が試験を通過し、シャトル時代の標準クロノグラフとなった。
同時代の業界では、クロノグラフの量産化に向けてカム式制御が広がっていた。1970年代半ばに登場するバルジュー7750も、その流れに連なる設計である。Cal. 861の基本設計はCal. 1861を経て、2019年初出、2021年に現行ムーンウォッチへ採用されたCal. 3861へ受け継がれた。約半世紀にわたり同じ骨格が保たれた点に、このキャリバーの位置づけが表れている。