設計思想
1. 記念の色から、定番の配色へ
2010年3月、ロレックスはバーゼルワールドでスチール製サブマリーナ デイトの新世代を発表した。黒の116610LNと並んで示されたのが、ベゼルも文字盤も緑で統一した116610LVである。
緑はロレックスのコーポレートカラーだが、サブマリーナでの用い方は控えめだった。2003年、シリーズ誕生50周年を機に登場した16610LVは、緑をアルミ製ベゼルの1色に限り、文字盤は黒のまま残している。そこでの緑は、節目を示す記念の印であった。
116610LVは、その緑を文字盤にまで広げた。しかも特定の記念年に結びつかない、通常ラインの1本としてである。記念の色だった緑を、シリーズの定番配色の一つへ引き上げる判断だったと読める。
2. 116610LNと分かち合うもの
本機は、ケース、ベゼルの構造、ムーブメント、ブレスレットのすべてを116610LNと共有する。両者を分けるのは色だけである。
その「色だけ」が、本機の性格を決めた。セラミックは焼成によって発色する素材で、黒に比べて緑は色調を安定させにくいとされる。ロレックスはスチールモデルの世代交代に合わせ、扱いの難しい緑を黒と同時に量産へ載せたことになる。
発表当初、評価は一様ではなかった。黒の汎用性を支持する声は根強く、全面グリーンの配色に距離を置く評者もいた。一方で、完成された意匠のうち色という1点だけを変える手法を、控えめな個性の表現として評価する見方もあった。10年の生産期間のうちに、この配色は「ハルク」の通称とともにシリーズの一つの顔として定着していく。
3. 後継が引き継がなかった文字盤
緑ベゼルを継いだ後継の126610LVは、文字盤を黒に戻した。配色の上では、126610LVにとって前々任にあたる16610LVの構成への回帰である。ケースの拡大やムーブメントの刷新が進む一方で、緑の文字盤は次の世代へ渡されなかった。
こうして緑の文字盤は、116610世代だけの意匠となった。緑ベゼルの系譜は16610LV、116610LV、126610LVと続く。そのなかで本機だけが、文字盤の色によって系譜から一歩はみ出している。
意匠分析
ケース径は前任16610LVと同じ40mmに据え置かれた。変わったのは輪郭である。ラグとリューズガードを太く厚くした、通称「スーパーケース」の造形により、同じ径でも手首の上での量感は明確に増した。素材は904L系のステンレス鋼で、生産後期にはロレックスが「オイスタースチール」と呼ぶようになる合金である。
ベゼルインサートは緑のセラクロムで、60分目盛りの数字と目盛りにはプラチナがPVD(物理蒸着)で被膜されている。紫外線や経年で色が抜けやすかった前任のアルミ製インサートと異なり、セラミックは緑を当初の色調のまま保つ。0位置の夜光カプセルと、手袋越しでも回しやすいギザ刻みの外周は、ダイバーズとしての機能をそのまま受け継いだ。
文字盤は緑のサンバースト仕上げで、光の角度によって明るい緑から黒に近い深緑まで表情を変える。艶のあるセラミックのベゼルと、放射状の筋目を持つ文字盤。素材も製法も異なる二つの緑を一つの時計の上で調和させる点に、本機の意匠の要がある。
インデックスは16610LVで導入された大型の「マキシ」サイズを受け継ぎ、18Kホワイトゴールドの縁取りの内側にクロマライト夜光を充填する。暗所では青く発光し、緑の文字盤の上でも判読性を保つ。針にも幅の広いものが組み合わされ、水中での時分の識別を助ける。
ブレスレットは3連のオイスターで、中駒まで無垢のリンクとなった。クラスプはプレス成形から削り出しに改められ、誤開放を防ぐオイスターロックと、グライドロック機構を備える。後者は工具を使わずに約2mm刻みで最大約20mmまで長さを調整でき、ウェットスーツの上からの装着に対応する。
ムーブメントは16610LVと同じ自社製Cal.3135である。毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは約48時間。磁気の影響を受けにくい合金製のパラクロム・ヒゲゼンマイが、衝撃と温度変化への耐性を高める。外装を刷新しながらムーブメントを据え置いた構成は、実績あるキャリバーを使い続けるロレックスの慎重さを映している。
系譜と歴史
発表の場は2010年3月のバーゼルワールドで、黒の116610LNと同時の公開だった。生産も同年に始まり、2003年から続いた16610LVの後を受ける。セラクロムベゼルのサブマリーナ デイトは、2008年のイエローゴールド116618LBとホワイトゴールド116619LBが先行していた。スチールモデルへの展開は、その2年後である。
2012年のバーゼルワールドでは、日付なしの114060が同じ世代の意匠で登場する。これにより、スチール製サブマリーナのカタログは116610LN、116610LV、114060の3本で構成されることになった。
2015年、ロレックスは自社の高精度クロノメーター認定を再定義した。新基準では、スイス公式クロノメーター検査協会(COSC)の認定を受けたムーブメントを、ケーシング後の完成品として自社で再検査する。対象は精度、防水性、自動巻きの性能などで、精度は日差-2〜+2秒が保証される。本機もこの基準の対象となり、以後の個体には緑のシールと5年間の国際保証が付属するようになった。
10年の生産期間を通じて、外装やムーブメントに大きな変更は加えられていない。ただし文字盤の印字には書体や字間の細かな違いがあったとされ、愛好家の間では製造時期によって複数の段階に分類されている。
2020年のバーゼルワールドとウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブは、ともに中止された。ロレックスは同年9月1日、自社のウェブサイトで新作を発表する。緑ベゼルのサブマリーナ デイトは、41mmケースとCal.3235を備えた126610LVに引き継がれた。116610LVはこの世代交代をもって生産を終えている。2026年時点で、サブマリーナに緑の文字盤を持つ後継Refは加わっていない。
出典
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