設計思想
1. 貴金属から始まった世代交代
この世代の外装を形づくる要素は、まず2005年のGMTマスターII 116718LNに現れた。イエローゴールドのこのモデルが、ロレックスで初めてセラクロムベゼルを備えたからである。ラグを太くした新しいケース造形も、この時期のGMTマスターIIに先に採用されたとされる。
サブマリーナにその要素が及んだのは2008年で、最初は金無垢のデイトモデルだった。翌2009年には、ステンレスと金を組み合わせたロレゾール仕様が続く。スチールの116610LNが登場したのは、さらに翌年の2010年である。シリーズの中核を担うスチールモデルを最後に回した順序には、新しい素材と造形を段階的に浸透させる意図が読み取れる。
2. 16610から変えたもの、変えなかったもの
前任の16610は、1980年代末から2010年まで20年あまり生産されたスチール製デイトである。116610LNは、その骨格の多くを受け継いだ。40mmのケース径と300m防水、ムーブメントのCal.3135はそのままである。黒一色の文字盤とベゼル、メルセデスハンド、ドット・バー・三角のインデックス配置も変わらない。
変わったのは、長く使うほど差が表れる部分だった。退色や傷を避けられなかったアルミ製のベゼルインサートは、セラミックに置き換えられた。ブレスレットはすべての駒が無垢材となり、プレス成形のクラスプは削り出しに改められた。ウェットスーツ用の折り畳み式エクステンションは、工具なしで長さを変えられるグライドロックに役割を譲っている。
3. 賛否を伴った厚み
スーパーケースがもたらした量感は、腕時計の大型化が進んでいた時代に対するロレックスの回答だったと評される。
発表当時、評価は一様ではなかった。発表年に本機を試用したある愛好家は、技術面では進化の到達点だと認めている。そのうえで、丸みのある16610に比べ、角張った外観は好みではないと記した。それでも本機は、およそ10年にわたってスチール製デイトの定番として生産が続いた。
後継の126610LNは、径を41mmに広げる一方でラグを細く整え直した。その結果、スーパーケースを持つスチールのサブマリーナ デイトは、116610LNと緑の116610LVの2本だけとなった。
4. 黒の配色を分け合うRef
同日に発表された116610LVは、ケースとムーブメントを共有し、ベゼルと文字盤を緑にした兄弟Refである。日付を持たない114060も、のちに同じケースと文字盤構成を採った。貴金属の側では、イエローゴールドの116618LNとロレゾールの116613LNが同じ黒の配色を担う。
Ref番号末尾のLNは、仏語で黒いベゼルを意味するLunette Noireの略とされる。この記号を持つ同世代のRefのうち、スチール製の本機は最も簡素な構成であり、世代全体の中核に位置づけられる。
意匠分析
スーパーケースと通称されるケースは、16610と同じ40mm径を保ちつつ、ラグの幅と厚みを増した。リューズガードも大きく張り出している。真上から見ると、ケースはやや四角い印象を与える。ラグ幅は前任と同じ20mmに据え置かれた。そのため、太いラグから細身のブレスレットへ絞り込まれる比率が生まれ、この世代に特有の見え方をつくっている。
ベゼルインサートは黒のセラクロムである。60分目盛りと数字はセラミックに彫り込まれ、PVD(物理蒸着)でプラチナを被膜したのち、表面を研磨して仕上げられる。黒のアルミ製インサートは年月とともに灰色へ褪せることがあったが、セラミックは当初の黒を保つ。発表年のレビューは、先行したGMTマスターII 116710LNとの違いにも触れている。116710LNの黒ベゼルは光の角度で灰色がかって見えるが、本機の黒はどの角度でも黒く見えるという。
文字盤は光沢のある黒で、18Kホワイトゴールドで縁取ったアプライドインデックスを配する。16610の黒文字盤に比べてインデックスは大きく、針も幅広い「マキシ」仕様となった。夜光塗料はクロマライトに切り替わり、暗所では緑ではなく青く光る。3時位置の日付拡大レンズ(サイクロップ)には反射防止コーティングが施され、斜めから見たときの日付の読み取りを助ける。
ブレスレットは3連のオイスターで、外面はサテン仕上げで統一された。同世代の金無垢やロレゾールのモデルが中央の駒を鏡面にしたのに対し、スチールの本機は艶を抑えた道具の表情を守っている。クラスプには、誤って開くのを防ぐオイスターロックと、グライドロックが組み込まれた。後者はクラスプ内部の歯形の機構に沿ってブレスレットを滑らせるもので、約2mm刻みで最大約20mmまで延長できる。
リューズは3つの気密ゾーンを持つねじ込み式のトリプロックである。ムーブメントは自社製のCal.3135で、毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは約48時間。本機に載る3135は、磁気や温度変化、衝撃の影響を受けにくい青いパラクロム・ヒゲゼンマイを備える。外装が一新されたのに対し、ムーブメントは前任と同じ型番にとどまった。2015年に登場した新世代のCal.3235が本機に搭載されることはなく、その採用は後継の126610LNを待つことになる。
系譜と歴史
116610LNが披露されたのは2010年3月、スイス・バーゼルの時計見本市バーゼルワールドである。緑の116610LVと並んでの発表で、同年から生産が始まった。これと入れ替わりに、1980年代末から続いたスチール製デイトの16610は生産を終えている。米国では同年夏には初期の個体が正規店に並んだとされる。
日付を持たない114060がこの世代に加わったのは、2012年のバーゼルワールドである。ケース、ベゼル、文字盤の構成は本機と共通で、日付窓とサイクロップの有無が両者を分けた。スチール製サブマリーナの新世代は、ここで日付の有無の両系統がそろった。
2015年には、ロレックスが「高精度クロノメーター(Superlative Chronometer)」の基準を改めた。ケーシング後の完成品に日差-2〜+2秒の精度を求めるもので、緑のシールと5年間の国際保証がこれに組み合わされた。本機の生産後期の個体も、この体系のもとで出荷されたとされる。
2018年、ロレックスは自社の904L系ステンレス鋼を「オイスタースチール」と呼び始めた。素材そのものの変更ではなく、呼称の整理である。登場から生産終了まで、ケース、ムーブメント、ブレスレットの構成に、公式発表を伴う仕様変更は確認できない。
2020年9月1日、ロレックスは自社のウェブサイトなどを通じてサブマリーナの新世代を発表した。この日、黒ベゼルのスチール製デイトとして126610LNが登場し、本機はカタログから外れた。生産期間はおよそ10年で、40mm径のサブマリーナ デイトは本機の世代が最後となった。
出典
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