設計思想
2020年、世代交代の文脈
サブマリーナの世代交代は通常、Baselworldで宣言される。2010年に5桁から6桁へ移行した前世代116610シリーズも、その舞台で発表された一群だった。だが2020年、コロナ禍によりBaselworldは中止された。ロレックスは異例の対応として、新作発表を全面的にオンラインへ切り替えた。9月1日、新生サブマリーナ8本がブランドサイト経由で世界同時公開された。126610LVはそのうちの一本である。
このタイミングで世代を切り替える必然はなかった。前世代を支えたCal. 3135は1988年の登場から30年以上にわたって信頼の代名詞であり、市場での評価も極めて高かった。それでもロレックスは新キャリバーCal. 3235と新しいケース設計を同時に投入する。蓄えてきた技術更新を、一斉に解き放つ判断であった。
116610LV「Hulk」からの転換
126610LVが置き換えた前任は、2010年に登場した116610LV——通称「Hulk」である。Hulkはサブマリーナ史上初めて文字盤とベゼルの両方を緑で統一したRefとして、独特の存在感を持っていた。サンバースト仕上げの緑文字盤は強い個性を放ち、熱心な支持を集めた一方で、装着の場面を選ぶ性格でもあった。
126610LVの文字盤は黒ラッカーに戻された。これは2003年、サブマリーナ誕生50周年を記念して登場した初代グリーン・サブ16610LV「Kermit」の配色を踏襲するものである。Kermitもまた、緑のアルミベゼルに黒文字盤という組み合わせを取っていた。3代続いた「緑のサブマリーナ」のうち、2代目だけが緑ベゼル+緑文字盤の構成を採り、初代と3代目は緑ベゼル+黒文字盤で揃う。126610LVは、Kermitの設計言語をセラミックの時代に翻訳し直したRefだと言える。
このRefがシリーズ史で持つ意味
サブマリーナの現行ラインアップにおいて、126610LVは「色のあるサブマリーナ」のポジションを担う。スチール製の現行サブマリーナ・デイトには黒ベゼル黒文字盤の126610LNが並列し、こちらが系譜の本流である。LVはその傍流として、選択肢としての色を提供する役割を持つ。
Hulk時代の派手な緑文字盤から黒文字盤への回帰は、保守的な選択にも映る。だが見方を変えれば、これはサブマリーナという道具時計の節度を取り戻す判断でもあった。スーツの袖下にも収まりやすく、それでいてベゼルの緑ははっきりとこのRefの個性を主張する。汎用性と識別性のバランスを再調整した結果が、現在の126610LVである。
意匠分析
このRef固有の最大の選択は、グリーンのセラクロムベゼルと黒ラッカー文字盤の組み合わせにある。前任Hulkがベゼル・文字盤ともに緑で統一していたのに対し、126610LVは2003年の初代グリーン・サブ16610LV「Kermit」の配色——緑ベゼルに黒文字盤——に回帰した。文字盤の地色が変わったことで、緑ベゼルそのものの存在が際立ち、視覚的なコントラストはむしろ強まっている。
ケースは公称41mm径オイスタースチール製で、独立計測では40.5〜40.8mm前後とされる。前任116610LVが公称40mm(実測40.2〜40.3mm)であったから、寸法上の差はおよそ半ミリにとどまる。一方でラグの形状は明確に再設計された。前任の「スーパーケース」と呼ばれた太いラグは廃され、新ラグはより細く、わずかに凹んだ面を持つ。ラグ外側の幅は27.5mmから26.7mmへ縮小され、ブレス取り付け部は20mmから21mmへ拡大された。ケースは1mm大きくなったのに、装着印象はむしろ華奢になる。この逆説が2020年世代の核である。
ベゼルはユニディレクショナル方式で、セラクロムインサートには白金コーティングによる60分目盛が刻まれる。文字盤は黒ラッカー仕上げで、立体的なアプライドアワーマーカーには光沢のあるホワイトゴールド枠が用いられる。針はメルセデス針とロリポップ秒針の伝統的な組み合わせで、夜光はクロマライト(暗所で青発光)。前世代から指針幅と分針長がわずかに調整され、外周のミニッツトラックと正確に整合する。
ムーブメントはCal. 3235。直径28.5mm、31石、毎時28,800振動 (4Hz)、約70時間のパワーリザーブを持ち、クロナジー・エスケープメント、ニッケル・リン合金製の常磁性アンクル、青パラクロムヒゲゼンマイ、パラフレックス耐震装置を備える。前任搭載機Cal. 3135からパワーリザーブが48時間から70時間へ伸び、磁気耐性とエネルギー効率が大幅に強化された。Superlative Chronometer基準により、ケーシング後の日差±2秒の精度認定を受ける。
ブレスはオイスターブレスで、フォールディング・オイスターロック・セーフティクラスプに、2mm刻みのグライドロック微調整機構と、潜水時のフリップロック延長部を備える。クラスプ幅も前任の17.6mmから18.8mmへ拡大した。
系譜と歴史
Ref. 126610LVは2020年9月1日、ロレックスがBaselworld 2020の中止を受けて初めて実施したオンライン発表会で公開された。新生サブマリーナ・コレクション8本のうちの一本として登場し、グリーンセラクロムベゼルと黒文字盤の組み合わせで、前任116610LV「Hulk」の後継となった。発表時の希望小売価格は欧州で9,150ユーロ、米国で9,550米ドルであった。
発売直後から、ベゼルの緑と文字盤の黒のコントラストがコーヒーチェーン「Starbucks」のロゴを連想させるとして、コレクター間で「Starbucks」というニックネームが定着した。同時に、初代Kermitの配色に回帰したセラミック世代という意味で「Cermit」(Ceramic+Kermit)とも呼ばれる。ロレックス自身がこれらの呼称を公式に使うことはない。
2023年、ロレックスはベゼルインサートの色調を微調整した。これは正式な世代交代ではないが、変更は確認可能であり、コレクター間ではおおむね2020年から2023年頃までの個体を「MK1」、2023年以降の現行を「MK2」と呼び分ける。MK2では緑色合が若干深くなり、インサート仕上げにも細部の違いがあると報告されている。WatchBaseもこの2023年のベゼル色変更を記載している。
2023年はサブマリーナ誕生70周年にあたる節目だったが、ロレックスは記念モデルの投入を行わず、126610LVを含む現行ラインを継続している。本稿執筆時点(2026年5月)で同Refは現行であり、生産終了の公式アナウンスは出ていない。