設計思想
1. プレボンドの先にあった課題
1980年代後半、オメガはプロ向けダイバーズの系譜を再び動かし始めていた。その先陣が、1988年に登場したシーマスター200Mである。のちに「プレボンド」と呼ばれるこのシリーズは、クオーツと自動巻き、2つのサイズを揃えた実用ダイバーだった。
ただし200Mは一体型ブレスレットを前提とした造形で、防水性能も200mにとどまった。1990年代に入り、本格的な飽和潜水にも対応するスペックと、一目でオメガとわかる新しい顔が求められていたとみられる。
2. 引き継いだもの、変えたもの
1993年、その答えとしてシーマスター プロフェッショナル ダイバー300Mが登場する。まずクオーツの2541.80.00が発売され、自動巻きの2531.80.00がそれに続いたとされる。
変わらなかったのはムーブメントの考え方である。初期の2531.80.00には、プレボンド後期と同じETA 2892系のCal.1109が載った。汎用エボーシュを自社仕様に仕立て、クロノメーター認定を受けさせる方針は200Mから地続きである。
一方で外観は大きく飛躍した。防水は300mへ引き上げられ、ヘリウムエスケープバルブが加わった。黒を基調とした200Mに対し、青の波模様文字盤と開口した針という独自の語彙が持ち込まれた。本機はこの新しい語彙を、機械式時計として最初に体現したRefである。
3. 「ボンドウォッチ」という役割
本機の性格を決定づけたのは映画である。1995年の『ゴールデンアイ』で、新たにジェームズ・ボンドを演じたピアース・ブロスナンは、クオーツの2541.80.00を着けて登場した。この起用は、当時オメガの舵取りを担ったジャン=クロード・ビバーの功績として語られることが多い。
1997年の『トゥモロー・ネバー・ダイ』から、ボンドの手首は自動巻きの本機に替わった。以後ブロスナンが演じた作品では2531.80.00が使われ続け、このRefはシリーズを代表する「ボンドウォッチ」として定着した。
4. コーアクシャル時代への橋渡し
本機のデザインは兄弟Refにも広く展開された。36mm級のミッドサイズ2551.80.00、黒文字盤と太いソード針を持つ2254.50.00などである。
2006年頃、後継の2220.80.00が登場する。外観の骨格はほぼ保ったまま、心臓部をコーアクシャル脱進機のCal.2500へ置き換えた世代交代だった。コーアクシャル脱進機を持たない最後の基幹モデルとして、本機はオメガが独自の脱進機へ舵を切る直前の姿をとどめている。
意匠分析
41mm(41.5mmとする資料もある)のケースは、1990年代のダイバーズとして標準的な径に収まる。前身の200Mが一体型ブレスレットを前提としていたのに対し、本機はリラ型のラグを持つケースへ改められた。厚みは抑えられ、重量のあるブレスと相まって手首に吸い付くような装着感をもたらす。
ベゼルは一方向回転式で、縁に波打つ刻みを連ねた独特の輪郭を持つ。グローブ越しでも指が掛かるための実用的な造形が、そのまま本機の顔になった。インサートは青のアルミニウム製である。後年のセラミックとは異なり、使い込むほど色が褪せていく。
文字盤は、波模様を施した青のダイヤルが核となる。夜光インデックスは文字盤へのプリントで、後継の2220.80.00が採用したアプライド(植字)インデックスとは立体感が異なる。ロゴ下の「Seamaster」表記も本機は白で、2220.80.00の赤とは区別できる。
時分針は中央をくり抜いたスケルトン構造である。先端と根元の夜光で視認性を確保しながら、針が重なっても下の表示を隠しにくい。機能と意匠を兼ねた選択とみられる。
10時位置のヘリウムエスケープバルブは、手動で操作するねじ込み式である。飽和潜水では、減圧時にケース内へ入り込んだヘリウムを逃がす必要がある。その機構をケース左側に独立させた配置は、以後のシリーズの識別記号となった。風防はドーム型のサファイアクリスタル、裏蓋はねじ込み式で、小ぶりなシーホースのメダリオンが刻まれる。
ブレスは細かなリンクを連ね、ポリッシュとサテンを交互に配している。フォールディングクラスプにはダイビング用エクステンションが内蔵され、ウェットスーツの上からでも装着できる。
ムーブメントは、ETA 2892-A2を基にしたオメガ仕様のCal.1120である。ローターとブリッジの意匠を改め、ロジウムメッキ仕上げを施したうえで、クロノメーター認定を受ける。毎時28,800振動(4Hz)、パワーリザーブは44時間。汎用エボーシュを高度に仕立て直した構成であり、自社開発の機構へ移る前のオメガの到達点を示している。
系譜と歴史
2531.80.00の出発点は1993年である。この年オメガは、シーマスター200M(通称プレボンド)に代わる新たなダイバーズとしてシーマスター プロフェッショナル ダイバー300Mを投入した。シリーズはクオーツの2541.80.00から始まり、自動巻きの本機は同年末から翌年初めにかけて加わったとされる。正確な発表月と発表の場は確認できていない。
初期の個体にはCal.1109が載る。プレボンドから引き継いだ21石のムーブメントである。ごく初期には、非クロノメーターのCal.1108を積み、文字盤に「Chronometer」表記を持たない個体の存在も報告されている。その後、自動巻き機構の効率を改めるためローターを再設計したCal.1120へ切り替わった。切り替えの時期は1994年から1996年まで諸説ある。
夜光塗料も生産中に変わった。当初の文字盤と針はトリチウム夜光で、1997年から1998年頃を境にスーパールミノヴァへ移行した。ベゼルインサートの夜光ピップも同様の移行をたどり、仕様の異なる複数世代のベゼルが存在するとされる。
1995年の『ゴールデンアイ』ではクオーツの2541.80.00が使われたが、1997年の『トゥモロー・ネバー・ダイ』から本機がボンドの手首に移った。1999年の『ワールド・イズ・ノット・イナフ』、2002年の『ダイ・アナザー・デイ』でも着用が続いた。
同じ意匠は、ミッドサイズの2551.80.00など、サイズや機構の異なる兄弟Refにも展開された。
生産は2006年頃まで続き、コーアクシャル脱進機のCal.2500を積む2220.80.00に後を譲った。本機は現在、オメガ公式サイトのヴィンテージ・アーカイブに掲載されている。
出典
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