フィリップ・デロタル
時計職人の修業と服飾デザインを経て、2000年代末からエルメスの時計づくりを率いるクリエイティブディレクター
- BRAND
- エルメス — 1837年創業
- MODELS
- 5 本
概要
フィリップ・デロタル(Philippe Delhotal)は、フランス出身の時計デザイナーである。時計製造の修業と、パリでの服飾デザインの学びという二つの素地を持つ。ジャガー・ルクルトとパテック フィリップでクリエイティブディレクターを務めたのち、2000年代末にエルメスの時計部門へ移った。以来、創作部門を率い、Slim d'Hermès、H08、Hermès Cutなどを手がけている。時を止めるArceau Le Temps Suspendu以来の、遊び心のある時間表現の系譜も彼の担当領域である。
生涯
01道具箱から始まった関心
フィリップ・デロタル(Philippe Delhotal)は、時計の世界に入ったきっかけを母の道具箱だと語っている。若い頃に時計職人だった母が、自分の工具を彼に残した。15歳の頃は用途もよく分からないまま、その工具を手元に置き続けたという。絵を描くことが好きだった少年は、時計づくりなら技術と美しさを一つにできると考えた。最初に手にした時計は、両親から贈られたフランスのリップだったと語る。
Luxuoによれば、彼は1970年代後半にフランスで時計製造の正式な教育を受けた。その後、服飾デザインへ関心を広げ、パリで学んでいる。在籍した学校は資料によって記述が異なるが、時計の技術と、色や形を扱うデザインの両方を学んだ点は一致する。Robb Reportの取材で彼は、パリで服飾を学んだ経験をこう振り返った。90センチ四方のスカーフの図柄を、小さな文字盤へ移す仕事に生きているという。
02名門メゾンでの経験
Luxuoは、1985年から2000年までの彼の経歴を、時計業界の多様な現場を渡り歩いた時期として描く。パリを拠点に、ヴァシュロン・コンスタンタンやピアジェでデザイナー兼モデル製作者を務めたとされる。Delanoはこのほか、ファーブル・ペレでの勤務にも触れている。
その後、彼はジャガー・ルクルトとパテック フィリップでクリエイティブディレクターを務めた。パテック フィリップでの創作部門の責任者としての期間は、エルメスへ移る直前の約5年間だった。高級時計の頂点にあるメゾンで、文字盤の工芸や仕上げに携わった経験が、のちの仕事の土台になる。
03エルメスへ
デロタルがエルメスの時計部門に加わったのは2000年代末である。入社年は資料によって2008年と2009年に分かれる。Luxuoは、本人の経歴書では2009年だが、独立系の報道の多くは2008年としていると指摘している。
エルメスでは創作とスタイルの責任者として、スイスの時計子会社の創作部門を率いる。Robb Reportによれば、新作の構想はエルメスの膨大なアーカイブを見て回ることから始まることが多い。アーティスティック・ディレクターのピエール=アレクシ・デュマとの対話も、彼にとって重要な着想源だという。
毎年のWatches and Wonders Genevaでは、自ら新作の発表に立つ。メゾンの時計を外に向けて語る役割も、創作の責任者としての仕事の一部になっている。
業績・代表作
01時間を解釈し直す機構
デロタルの仕事を語るとき、まず挙がるのがArceau Le Temps Suspenduである。ボタンを押すと時針と分針が退き、時刻の表示が止まる。本人はDelanoの取材で、時を止める時計職人などいない、皆は秒を細かく刻もうとしていると語った。Luxuoは、この時計が彼の時間をめぐる思索から生まれたと紹介している。
2019年のArceau L'heure de la Luneは、南北両半球のムーンフェイズを同時に示す。本人は、これと2022年のArceau Le temps voyageurを誇りとして挙げる。どちらもジュネーブ時計グランプリ(GPHG)で賞を得た作品である。機構の高度さを競うのではなく、時間の見せ方そのものを変える点に、彼の複雑機構の特徴がある。
02形と書体からつくる
デロタルは、形を「エルメスの語彙」と呼ぶ。Forbesによれば、2015年のSlim d'Hermèsで彼に示された課題は「細く、エレガントで、控えめに」だった。答えとなったドレスウォッチの文字盤には、グラフィックデザイナーのフィリップ・アペロワによる専用書体が使われた。彼は、時計を描くときに文字盤も同時に設計すると語り、書体は細部ではなく時計そのものの一部だと述べている。
2021年のH08は、エルメスにとって初のスポーツウォッチだった。その3年後の2024年、女性に向けたスポーツウォッチとしてHermès Cutが加わる。円でも楕円でもない形を四方で切り落とし、リューズを1時と2時の間に移した36mmのケースである。最初のスケッチから発売まで約3年半を要した。日付表示は、時字の調和を崩さないために省かれた。足すより引くことを好むという彼の言葉は、この判断によく表れている。
03工芸の担い手と組む
デロタルのもう一つの軸が、工芸の職人との協働である。Robb Reportによれば、彼は2012年にサン=ルイのクリスタル工房を訪れた。そこでミルフィオリのペーパーウェイトを、文字盤の大きさに縮められないかと尋ねた。職人は2年をかけて実現し、Arceau Millefioriが生まれた。
同誌はほかにも、ジュネーブのエナメル職人と組んだ陰影エナメルのArceau Tigreを紹介している。日本の赤絵の作家と、セーヴル製の磁器文字盤に取り組んだ例もある。メゾンの外にいる職人まで探しに行き、その技を時計の寸法へ移す。そこに彼の創作の進め方がある。
04遊び心と真剣さ
デロタルは、エルメスの時計を四つの柱で説明する。定番のコレクション、複雑機構、工芸の時計、そして宝飾時計である。すべてに共通するのは、一歩横にずれた独創性だという。軽やかに、しかし真剣に。この言葉を、彼は取材で繰り返している。
スマートウォッチの登場についても、伝統的な時計を感情や驚き、美しさの器と捉える立場から語る。時刻を知る道具が身の回りにあふれた時代に、機械式時計が担う役割を、時間を物語る対象として定義し直す姿勢が一貫している。
この人物が関わったモデル
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 報道 Philippe Delhotal: “The expression of original, offbeat creativity”
- 02 報道 Hermès' Slim Watch Collection Proves That Thin Is In
- 03 専門メディア Hermès Horloger's Creative Director Philippe Delhotal on the Art and Attitude of Hermès Watchmaking
- 04 専門メディア Why Watches from Hermès Are True Works of Art
- 05 専門メディア Meet Philippe Delhotal, the Man Who Makes Hermès Tick
- 06 専門メディア 'WhoAreU' interview with Philippe Delhotal, creative director at Hermès Horloger