設計思想
1. スチールで差し出された新しい定番
2015年、エルメスはバーゼルワールドでSlim d'Hermèsを披露した。39.5mmの自動巻はスチールとローズゴールドで用意され、ストラップはハバナと黒のアリゲーターから選べた。本機W041759WW00は、スチールに黒を合わせた組み合わせである。この構成が、シリーズの最初の顔になった。
同年9月、Monochrome Watchesは実機評でこのスチールの時刻のみのモデルを取り上げた。同誌はこれをファッションの時計ではなく、真剣に向き合うべき時計だと評している。革と絹の家が出した機械式の定番を、時計の専門家がどう受け止めたかを示す一文である。
2. 同じ機械に、別の顔を
本機のCal. H1950は、エルメスが出資するヴォーシェの極薄マイクロローターを基にしている。SJX WatchesとaBlogtoWatchによれば、同系の機械は他社の時計にも積まれた。パルミジャーニ・フルリエのTonda 1950と、リシャール・ミルのRM 033である。機械だけでは、この時計を他社の極薄時計と見分けにくい。
SJX Watchesは、極薄時計に定番の棒状インデックスと棒針の組み合わせを、この時計があえて退けたと書く。個性の置き場所に選ばれたのは数字だった。デザインを率いたフィリップ・デロタルは、数字の書体を外部の専門家に任せた。依頼先はパリを拠点とするフィリップ・アペロワである。アペロワはポスターとタイポグラフィの仕事で知られ、作品はMoMAに収蔵されている。
3. 部品の出自
Quill & Padは発表時、この時計がほぼ自社の手で作られていると伝えた。同誌によれば、ケースはジョセフ・エラール、文字盤はナテベールが製造する。ストラップは、スイス・ブリュッグの自社工房で仕立てられる。スイス時計協会FHの記事によれば、エルメスは2006年に革ストラップの工房を設け、ヴォーシェに出資した。その後ナテベールとジョセフ・エラールも完全に取得している。ケース、文字盤、革、機械の供給元は、本機の発表時にはいずれもエルメスが資本を持つ会社だった。
4. 外から選ばれた原型
2018年、Hodinkeeはエルメスとの共同企画の土台に、この時刻のみのスチールモデルを選んだ。Gear PatrolとMR Magazineによれば、企画は発表までに3年をかけた。交渉にあたったのは、Hodinkee創業者のベン・クライマーと、エルメスのピエール=アレクシス・デュマである。限定版は専用色の青い文字盤とストラップを持ち、風防の縁にスモークをかけた。一方で、ケースとH1950、アペロワの数字は本機のままである。色と革を替えれば別の時計になり、骨格には手を入れずに済む。本機がシリーズの原型であることを、外部の企画が示した形である。
意匠分析
ケースは39.5mmのスチールで、装飾を足さず、線の少なさで輪郭を作る。発表時のエルメスの説明は、ラグの線が直角をなすことを要点に挙げた。短いラグはストラップへ向かって内側へ鋭く折れ、SJX Watchesはそこにバウハウスを連想している。
文字盤は真鍮に銀めっきを施し、プレスで三つの高さに打ち分けたものだとSJX Watchesは伝える。公式の仕様では、外周の時字環がサンレイ仕上げ、中央と6時位置のスモールセコンドがスネイル仕上げである。その上にアラビア数字と分目盛りを黒で転写する。淡い銀の地と黒い数字という明快な対比が、本機の配色の基本である。
針は細いバトン型で、SJX Watchesによれば縦に二分した片側を鏡面、もう片側を艶消しに仕上げている。角度によって鏡面の側が黒く沈み、黒い数字と調子をそろえるという。数字の切れ目の細さと、針の細さが釣り合う。
公式サイトに載る本機のストラップは、マットな黒のアリゲーターの一重巻きロングストラップで、スチールのピンバックルで留める。同じ時計に黒のバレニア・カーフを合わせた番号W052839WW00もある。艶を抑えた黒い革は、文字盤の黒い数字と色を合わせ、全体を二色にまとめる。
ムーブメントのCal. H1950は、ヴォーシェが開発と製造を担う。直径30mm、厚さ2.6mmのマイクロローター自動巻きである。29石の構成で、毎時21,600振動 (3Hz)で時を刻み、42時間のパワーリザーブを持つ。SJX Watchesによれば、受けの直線的な形と幾何学的な輪郭はエルメス向けに作り直され、Hの文字を連ねた装飾が加えられた。手作業のアングラージュを施した受けは、サファイアクリスタルの裏蓋越しに見える。風防と裏蓋はともに反射防止処理を受け、防水は30m防水にとどまる。
系譜と歴史
W041759WW00は、2015年のバーゼルワールドで発表されたSlim d'Hermèsの最初のラインアップに属する。最初期の報道の一つは、3月18日付のQuill & Padの紹介記事である。39.5mmの自動巻はスチールとローズゴールドの2素材で、ストラップはハバナと黒のアリゲーターが用意された。スチールに黒を合わせたものが本機にあたる。SJX Watchesは同年5月の記事で、店頭に並ぶのは6月か7月になる見込みだと伝えていた。
2016年2月には、SJX WatchesとMonochrome Watchesが新色の追加を相次いで報じた。同じスチールケースに、スレートグレーのW043203WW00とミッドナイトブルーのW043204WW00が加わった。それまで39.5mmの自動巻の文字盤は、オパーリン・シルバーの1種類だけだった。
2018年12月13日には、Slim d'Hermès for HODINKEEが100本限定で発表された。時刻のみのスチールモデルを基にした限定版で、Hodinkeeのオンラインショップで販売された。裏蓋には「EDITION HODINKEE」の刻印と通し番号が入る。同じ企画でGMTモデルも24本作られた。
2026年10月時点で、本機はエルメス公式サイトに掲載が続いている。同じ製品ページには、黒のバレニア・カーフを合わせたW052839WW00がストラップ違いとして並ぶ。2015年の発表から11年、本機の仕様変更や生産終了を告げる公式の発表は見当たらない。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Slim d'Hermès watch, 39.5 mm
- 02 公式 Slim d'Hermès watch, 39.5 mm | Hermès Greece
- 03 報道 HODINKEE Just Collaborated with Hermès on Two Beautiful New Limited Edition Watches
- 04 報道 HODINKEE RELEASES TWO LIMITED-EDITION HERMÈS WATCHES
- 05 専門メディア Hermès Slim d’Hermès Email Grand Feu
- 06 専門メディア Regrouping of the dials and cases productions
- 07 専門メディア Hands-on Review of the New Slim d'Hermès Time-Only Watch
- 08 専門メディア Introducing the Slim d'Hermes with slate grey and blue dials
- 09 専門メディア Introducing Slim d’Hermès: The Elegant New Backbone Of The Hermès Collection
- 10 専門メディア Introducing The Exquisite Slim d’Hermès Email Grand Feu
- 11 専門メディア Introducing the Slim d’Hermes, Now in Slate Grey or Midnight Blue
- 12 専門メディア Up Close With The Slim d’Hermes – Simple, Original And Affordable
- 13 専門メディア Hermès W041759WW00 : Slim d'Hermès GM Stainless Steel / Silver
- 14 専門メディア Hermès caliber H1950
- 15 専門メディア Slim fast and feisty
- 16 専門メディア Slim, 39,5 mm
- 17 専門メディア Hermès Slim d’Hermès Watch Review: The Verdict Three Years After Debut